ルー・ヤン《復活! 水中カエルゾンビバレエ Revived Zombie Frogs Underwater Ballet》 レジデンス成果展 |
レビュー |
執筆: 山内 泰 |
公開日: 2012年 3月 15日 |
[Fig.1]ルー・ヤン(陸楊)《復活! 水中カエルゾンビバレエ Revived Zombie Frogs Underwater Ballet》 ユジャ・ワンという中国の恐るべき女性ピアニストがいる。弱冠24歳、日本のメディアでは「第二のアルゲリッチ※1」と言われているが、実際はアルゲリッチとは全然違う。ユジャ・ワンのピアノは、有機的な生き物であるかのように演奏されるべき西洋クラシック音楽を、異常なまでに精巧に作られた機械として容赦なく描き出す。そんな音楽は、西洋はもちろん、南米のアルゲリッチからも聴かれなかったものだ。 中国上海出身の27歳の女性アーティスト、ルー・ヤンに覚える戦慄も、ユジャ・ワンのそれに近い。パーキンソン病の患者の頭を電極で操作せんとする《KRAFTTREMOR-パーキンソン病オーケストラ》。ピアノのメカニックな機構の一部を人間にしてしまう《INSTRUMAN》等々、一群のコンセプトボードにおいて、ルー・ヤンは、生き物が因果律に支配された機械であることを、冷徹というよりも無関心なくらいの距離感で、ユーモアを織り交ぜつつ、洗練されたイメージで扱う。 今回のレジデンスで制作されたのは、《復活! 水中カエルゾンビバレエ Revived Zombie Frogs Underwater Ballet》-死んだカエルの神経に電気を流すことで、ピクピクとダンスさせる仕掛けである※2。内蔵を抜かれ、座骨神経を電極に繋がれた数匹のカエルの死体が、外部コントローラーで操作され、水槽の中で、音楽に合せてぴくぴくと足を動かし、踊る。展示されていたのは、そうした仕掛けによる演奏とダンスを、MTV等で流れるプロモーションビデオ風に編集した映像作品である。 こう書くと、幼児的な暴力性やモラルの侵犯といったスキャンダラスなテーマがあるように思われるかもしれない。だが、実際のルーヤンには、そんなナイーヴな自意識は皆無だ。彼女の関心は、ただひたすら、生物の神経系がもつ精巧なメカニズムにある。 影響を受けたアーティストについて聞くと「アートは嫌い。Jpopが好き!」と答え、嗜虐的な嗜好について尋ねると「私は仏教徒で、無益な殺生はしないのです」と真顔で答える。このユニークなアーティストについては、サイバーパンク、日本のサブカルからの影響※3等々、幾つかの観点から探れるだろう。ここでは、ルー・ヤンの次の発言から考えてみたい。 「私はリアリスト。徹底的に調べて、実現可能なことしかコンセプトボードには書いていません。」※4 そう言うルー・ヤンは、正しくマテリアリストであって、この唯物的な世界観が彼女の作品群を貫いている。「思い描いていたコンセプトと、実際の作品とで、違いやギャップを感じますか?」という質問に対しても、「ほとんど気にしたことがない」という※5。この点は重要だ。つまり彼女は、イメージを具体化するという創作プロセスを採らないのである。 一連のコンセプトボードは取扱説明書のようなもので、それは、「こうしたら、こうなる」という因果律にひたすら淫するプロセスの産物なのだ。コンセプトボードの膨大なテキストと実際の作品に、ヒューマンな思弁や理想はあるはずもない。そこに展望されているのは、因果連関に徹頭徹尾支配された独特の自然観である。 私たちは普通、正常と自然を、ほぼ同義と捉えている。「自然な振る舞い」といった言い方でイメージされるのは、正常な、健常な人のそれであろう。無論、そこには異常、障害といった状態がポジとネガの関係として念頭に置かれている。自然らしさは、不自然さの代償の上に、優雅な佇まいを得ているのだ。 一方、ルー・ヤンの作品では、死や疾患によって自然に振舞うことのできない生き物が、電極という外部の回路に強制接続されている。それは自律的な主体にとっては、尊厳を踏みにじられる許し難いことだろう。だがそうやってはじめて、自然らしさのイメージに抑圧されてきた不自然な生き物は、自然らしさとは異なる、新しいあり方へと開かれていく。 この逆説が示唆する射程は広い。昨今の、とりわけソーシャルデザインを巡る議論では、アーキテクチャ(環境設計)の観点から、近代的個人の自由や自律を規制することで、むしろ自由な振舞いを生み出すとの逆説がアクチュアリティを持ち始めている※6。そうした領域への思考を刺激する点は、ルー・ヤンの今日的意義を考える上でも、さらにはアートが他の領域に示唆すべきものをなお持ち得ているという意味でも、特筆すべきだろう。 「身体に電気が流れたら、自分で自分のことはコントロールできなくなる。それって、《自然》なことですよ。」※7 素朴な自然保護思想やロハスからは生まれようもない、ルー・ヤンの《自然》を前に、私たちは自らの自然観を根底から揺さぶられるだろう。自然と人間の関係を巡るこうした思考にかたちを与える営みこそ、まさにアートが繰り広げてきたことだったはずだ。 そして、そうした営みを社会の中に位置づけ、援助し、オーソライズすることは、公立美術館の果たすべき役割でもあるはずだ。アメリカでのレジデンスを「暴力的すぎる」との理由で落とされたルー・ヤンにとって、福岡アジア美術館は作品制作に協力してくれた初めての公立美術館だという※9。美術館のスタンスが問われる現在の日本において、福岡アジア美術館がルー・ヤンをレジデンスに迎え作品制作したことの意義は、看過されてはならないだろう※10。 脚注 ※1 ※2 ※3 ※4 ※5 ※6 ※7 ※8 ※9 ※10 参照展覧会 第11回アーティスト・レジデンスの成果展 ルー・ヤン《復活! 水中カエルゾンビバレエ Revived Zombie Frogs Underwater Ballet》 会期:2011年11月12日(土)~2011年11月27日(日) 会場:福岡アジア美術館 |
最終更新 2015年 10月 20日 |