対照 佐内正史の写真 |
レビュー |
執筆: 小金沢 智 |
公開日: 2009年 11月 13日 |
「岡本太郎現代芸術賞」の公募しかり、岡本太郎の死後十余年が経つもその名を冠する川崎市岡本太郎美術館は、単なる個人美術館の枠を超え、積極的に現代美術の展覧会を行い活動の幅を広げている。開館10周年に当たる2009年は、写真家・佐内正史の展覧会「対照 佐内正史の写真」が開催された。 展覧会では、近年佐内が立ち上げたレーベル「対照」より発行された写真集から選び取られた写真約700枚が展示されている。とはいえ、その展示方法が普通ではない。川崎市岡本太郎美術館は常設展示室に次いで企画展示室という構成になっており、つまり誰しも岡本の絵画・彫刻・オブジェなどが展示されている常設展示室を経て企画展示室に進むよう導線が設定されている。一度訪れればわかるが常設展示室はまるで洞窟のごとく複合的な作りになっており、そしてそれこそがそのまま岡本の思想的背景まで窺わせる、つまり美術館の核となっている。あるいは母胎と言い換えてもいいかもしれない。だからその場所に企画展の内容が組み入れられることは、内容が岡本に関係していないかぎり基本的にない。思うに、そんなことをしても凡百の作家であれば岡本の得体のしれないエネルギーに喉を食い破られ、見るも無惨な「コラボレーション」になるだけだ。 私はそう考えるから、佐内が常設展示室入口の段階で自作を展示しているのを見て最初は好意的に捉えることができなかった。岡本の赤を使用した作品に対抗してか、≪赤車≫シリーズを展開しているのもあまりに素直ではないか。しかも作品は岡本に負けんがごとしのデコラティブな額に収まっている。岡本太郎に、いや、同美術館に対してあまりにサービス精神がありすぎなのではないかと、私は入口と最初の展示室に掛けてあった二作を見て早々に判断してしまった。媚びているように感じたのだ。 だがそれは早とちりで、佐内は岡本に媚び諂っているわけではなかった。佐内は、展示室の角に作品とはほとんど無関係に思える青と赤のアクリルによる設えを施したり、岡本の≪動物≫(RC、1956年)の胴体に写真を革紐でぐるぐる巻きにしたり[fig. 1]、≪ノン≫(FRP、1970年)の手前に写真を立て、その彫刻についての脱力してしまう内容のストーリーを書き連ね、パネルにおこしたりした。※1 そう、つまり佐内は岡本の作品と遊んでいたのではなかったか。戦いを挑むのでも共闘するのでもなく、その作品と遊んでいたのだ。それは優れて本質的な岡本太郎との関係性の構築方法のように思われた。赤い車が動物に見えてきた。 そして、それで展覧会が終わるわけではもちろんない。前座として岡本の「ホーム」で作品と遊んでみせた佐内は、観客に、自分の作品と遊んでもらおうと考えたのかもしれない。壁面に何もない、スコーンと抜けた企画展示室にあるのはただ四つのテーブルだけだ。それまでの展示室と比べると驚くほどシンプルな展示室だが、これが効いている。全長13メートルのテーブルの上に置かれているものこそ、佐内の写真にほかならない。額に入れられるわけでもなく、シリーズごとにまとめられているがあたかも無造作にポンと置かれた写真は、なんと観客が手に取ることが許されている[fig. 2]。「作品にはお手を触れないで下さい」が常の美術館で、むしろ触ることが積極的に推奨されているのである。「自由」。企画展示室前のイーゼルに立てかけられていた佐内による写真にはそう書き付けられていた。 だが最初は慣れない。いつも後ろや前で組まれていた手の居所に、手が困惑している。けれども一度手にとって見れば、触ることが見ることとは別の欲望によって支えられていることにも気づくだろう。すなわち、触りたいものが見たいものとイコールであるとはかぎらない。したがって触りたいものがじっくり見たいものであるばかりか、サイズの重量を実感してみたいものであることもあり、大判プリントをまるで新聞を開くように両手で持ってみることもあった。 佐内の写真は、パチンコ台の「エヴァンゲリオン」を撮ったものだったり(≪EVA NOS≫)、自身が好きだという西新宿を撮ったものだったり(≪DUST≫)、ロックバンド・100Sのアルバム「世界のフラワーロード」のアートワークで撮ったものだったりするから(≪フラワーロードの世界≫)、見ようによってはクセがあり、誰にも受け入れられやすいものではないかもしれない。だが手にとることでより感じるのは、その作品が佐内の生活と密接に関係したものであるだろうということであり、その関係性が、手に取ることで第三者にも享受しやすくなっているという点ではあるまいか。その写真は生活と結びついていて、生活と結びついているということは何よりいのちと結びついているということだ。岡本の作品とともに展示されることで、ないしはその余韻とともに作品を鑑賞することで、佐内の写真がよりいのちと密にくっ付いているような思いがした。 脚註
参照展覧会 展覧会名: 対照 佐内正史の写真 |
最終更新 2010年 7月 04日 |