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荘司美智子:Location
レビュー
執筆: 桝田 倫広   
公開日: 2009年 8月 31日

Courtesy of Michiko Shoji, Photo: Takashi Arai, Cooperation: Yumiko Chiba Associates copy right(c) Michiko SHOJI

Courtesy of Michiko Shoji, Photo: Takashi Arai, Cooperation: Yumiko Chiba Associates copy right(c) Michiko SHOJI

Courtesy of Michiko Shoji, Photo: Takashi Arai, Cooperation: Yumiko Chiba Associates copy right(c) Michiko SHOJI

    16個のサッカーボールが整然と地面すれすれの地点で宙づりにされている。サッカーボールは出荷前の姿なのか、真新しく汚れひとつない。一瞥すると、いや熟視してもそれらが一体何なのか、容易に語りかけてくることはない。空調の影響か、それらは実に僅かに揺れている。脳に汗かく私に対して作品は、どこまでも飄々として涼やかだ。

    サッカーボールの模様の部分には、作者が撮影したと思しき写真が貼り付けられている。道路に書かれた標識や、草むらの写真など地面を感じさせるものが多い。それでも草むらの光景より、アスファルトとその延長線上に存在するコンクリートの建物が仰角で撮影された印象の写真が圧倒的に多い。これらの写真群はサッカーボールが、これから体験するだろう都市の風景といったものを予め刻印しているかのようだ。

    いうまでもなくサッカーボールは、既製品だ。同じ素材によって同じ工程を経て同じ形のものが大量に生み出される。ブラジルのファヴェーラでもない限り、ぼろ布で作ったお手製のサッカーボールにお目にかかることはないだろう。東京の人が使うサッカーボールも北海道の人が使うサッカーボールもみな同じものだ。そこには何の個性もないし、何のオリジナリティもない。サッカーボールに刻印された写真群もそんな無個性的な都市の表情を映している。

    しばしば言われるように我々の世界はグローバル化し、急速に均質化しつつある。オリジナリティなきコピー、シミュラクルに囲まれている。大量生産された製品は、世界のあらゆる場所へと分散し、世界のあらゆる場所に特殊性などというものはもはや存在しない。このような社会の中で、大量生産されたサッカーボールは、予め無個性な運命を辿ることを義務付けられている。だが本当にそうだろうか。

    確かにサッカーボールに刻印された風景は、無個性的な都市の表情である。それでも、それらはひとつとして同じ風景ではない。よくよく見れば、サッカーボールに貼り付けられた写真は、僅かながらの差異や特徴が存在するのだ。あるボールに貼り付けられたタイヤの跡で擦れた地面に書かれた道路標識の写真。それはどこにでもある偏在する形だが、その擦れ具合は、かけがえのないある特定の場所というものを想起させてくれる。同時にその特定の場所でそのサッカーボールを操るある個人の存在をも想起させる。なるほど、世界はグローバル化し、急速に均質化しつつある。それは確かにそうかもしれない。世界のどこへ行っても私達は、マクドナルドで食事をし、スターバックスコーヒーで午後の昼下がりを楽しむことができる。同じような路地で、同じサッカーボールで、同じような表情をした人間たちと遊戯に興じる。だけれども、そうした中にだって微量な差異は見つかるはずだ。それはこの個々のサッカーボールに刻印された風景のように。

    荘司によって地面から宙づりにされたサッカーボールは、そうした微量な差異を見つけるために地面を、すなわち細部を見ろと言っているのかもしれない。それこそが、世界の均質化という妙に説得力のある、だが奇妙な言説に対する芸術のあるいは、荘司の反抗なのではないか。サッカーボールはそれを声高に主張することはない。静かに揺れながら微量な差異が見出されることを待っている。

    そういえば、私はとある団地に住んでいる。60年代から70年代にかけて大量に造成された無個性な団地群の一角だ。私の住む団地のあたりは元々沼地であったせいなのか、毎年梅雨の時期、雨が降ると大量の小さなゲジゲジのような虫が、団地の入口に無数に群がる。この現象は少なくとも同じいろかたちをした隣の棟には見られない怪現象なのだ。

参照展覧会

展覧会名: 荘司美智子:Location
会期: 2009年6月26日~2009年7月19日
会場: 瑞聖寺アートプロジェクト(ZAP)

最終更新 2010年 7月 05日
 

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