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特別展「Story of…」カルティエクリエイション〜めぐり逢う美の記憶
レビュー
執筆: 小金沢 智   
公開日: 2009年 4月 28日

表慶館外観|Copyright © Cartier

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最後の部屋(香水の部屋)|Copyright © Cartier

    東京国立博物館表慶館で開催された“特別展「Story of…」カルティエクリエイション〜めぐり逢う美の記憶”を取り上げるのは、その展示構成がことのほか特筆すべきものだったからにほかならない。つまり監修を務めたデザイナーの吉岡徳仁による空間演出が、鑑賞者に展覧会を一つの体験として残さしめるものだったという点を書き留めておきたいのである。本展の主人公がカルティエのジュエリーであることは疑いえないが、その演出者である吉岡もまた、もう一人の主人公ではなかったか。

    本筋に入る前に、昨年21_21 DESIGN SIGHTで開催された吉岡徳仁ディレクション「セカンド・ネイチャー」展(2008年10月17日〜1月18日)を思い起こしたい。吉岡が「第2の自然」をコンセプトにピックアップした作家とその作品※1はそれぞれに魅力的だったものの、それらを凌ぐ存在感を放っていたのが吉岡自身によるクリエイションである。ナチュラルクリスタルとポリエステル繊維による一連の新作、≪ヴィーナス—結晶の椅子≫や≪記憶の女神≫といった立体作品に加え、展示室天井からそれこそ無数のファイバーを垂らすことによって作り出した≪CLOUDS—インスタレーション≫は圧巻だった。私はあの会場に入った瞬間の息が詰まるほどの濃密な空気を、そして流れていた音楽を今も思い出すことができる。それは鑑賞という言葉では形容できない、自身の体を一つの空間に投げ出すことで初めてできる、体験と呼ぶべきものだった。

    本展で吉岡が行おうとしたことも、ディレクションと監修という違いはあるが本質的にこれと変わりがない。黒を基調にした空間と展示ケースに浮かび上がるようにライティングされているジュエリーは、総計276点。一点一点のクオリティはきわめて高く、エジプトやインド、中国からの影響が顕著で文化史的に興味深いものもある。それらはたとえ身につけることは適わなくとも、十分視覚的に美しさやデザインを楽しむことができるものである。私は鑑賞者の指紋だと思っていたケースに付いていた白い無数の斑点が、宝石の反射光であることに気づいた時の驚きを忘れることができない。視点を変え、自身を見れば、身にまとった服にまでその光が届いている。つまり鑑賞者は知らず知らずのうちにそのジュエリーを身につけるのである。展示品は王侯貴族や映画俳優といった特別な所有者の手元にあったジュエリーを含み、だからその身につけるという行為は、たとえ象徴的でもそうしたカルティエが紡いだ歴史と物語の中に入り込むことをも意味しよう。

    そして最後、ほの暗い展示室を幾つもくぐり抜けたあとに鑑賞者は一転して真っ白い展示室にたどり着く。そこは「セカンド・ネイチャー」展でも会場に置いてあった吉岡によるベンチ≪Water block≫があり、展示ケースにガラスの球体からなるパフュームボトルが入っている、とかく透明感のある空間である。詩人ジャン・コクトーの言葉からインスピレーションを受けて吉岡が制作し、≪Moon Fragment-月のかけら≫と名づけたボトルは佇まいたるや美しく、中ではダイヤモンドが光っている。この部屋をなにより印象的なものにしているのがほのかに漂う香りである。通常展覧会で嗅覚を意識することは稀だが、吉岡はカルティエの調香師によるパフュームを最後の展示室に漂わせることで、それによっても鑑賞者に展覧会を記憶させようと試みた。こうしてカルティエのクリエイションを巡る物語に着目し作られた展覧会は、それ自体が鑑賞者の物語を生み出す装置として完結する。

    一つ残念なことがある。会場で配布されていた作品リストにも、販売されていたカタログにもこれら最後の展示室とその展示品について具体的な記述がなかったことだ。開催日に刊行を間に合わせるため、会場設営前の段階でカタログを編集しなければならないことは珍しいことではない。そもそも本展は吉岡の展覧会ではないし、それこそ展覧会は記録よりも記憶されてしかるべきとの考えがあったのかもしれない。けれどもこのカタログが展覧会終了後も記録資料として参照されるとき、これでだけで実態を窺い知ることができないのは惜しいことである。だから私はその個人的体験をここに記す。

脚注
※1
出品作家は以下の8人(組)である。安部典子(アーティスト)、東信(フラワーアーティスト)
、カンパナ・ブラザーズ(デザイナー)、片桐飛鳥(写真家)、ロス・ラブグローブ(デザイナー)
、森山開次(ダンサー/振付家)× 串田壮史(映像作家)、中川幸夫(いけ花作家)、吉岡徳仁(デザイナー)

参照展覧会

展覧会名: 特別展「Story of…」カルティエクリエイション〜めぐり逢う美の記憶
会期: 2009年3月28日~2009年5月31日
会場: 東京国立博物館 表慶館

最終更新 2010年 7月 05日
 

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