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オフィスのアートは「経営者としての表現」:熊谷正寿氏インタビュー
特集
執筆: カロンズネット編集   
公開日: 2016年 8月 13日


   歩く人のストライド、ジョギングをする人のフォーム、ダンサーのボディライン、こちらを見る顔。簡潔で力強い作品の数々は、英国のアーティスト、ジュリアン・オピー(Julian Opie, 1958-)によるものだ。日本の大手IT企業であるGMOインターネットグループの東京と大阪のオフィスには、世界でも有数の規模を誇るオピー作品のコレクションが常に展示されている。2015年の秋には、休日にオフィスを一般公開する形で「オピー展」※1を開くという試みも行われた。同社の創業者であり、コレクションの持ち主でもある熊谷正寿氏※2が、アートを通して伝えたいことは何か。東京・渋谷にある同社の会議室フロア、その名も「GMOギャラリー」で話を聞いた。

熊谷正寿氏と《3つのパーツのシャノーザ 09》 Photo by kalons


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きっかけはアンディ・ウォーホルの《マリリン》


―― 熊谷さんは、経営者であると同時に、現代アートのコレクターとしても知られています。アートに関心を持たれたきっかけは何ですか?

熊谷: 父が現代アートの収集をしていたことが影響していますね。父は色々な商売をしていたのですが、そのひとつに神楽坂の「ハッピージャック」というパブがありました。そこに、アンディ・ウォーホル※3の《マリリン》が飾られていたんです。その《マリリン》が、すごく印象深くて。

   あれは僕が10代の頃。その《マリリン》に、パブのお客様がお酒をかけちゃって、シミがついてしまったんです。父がそれはもう残念がって、悲しんでね。そんなアートが身近にある生活の中で、父の手伝いをしながら自然とアートが好きになりました。

   最初に自分で集めたアートは、ベルナール・カトラン※4のアネモネを描いたシリーズ。あの頃、僕は二十歳そこそこでした。

―― そんなに若い頃からアートの収集に興味を持たれていたのですね!

   いえ、正直に告白すると、実物ではなくポスターです。実物をコレクションするほどのお金はなかったので、ポスターを額に入れて、アートっぽくして部屋に飾っていたのです。

   その後もずっとアートが好きで、旅行のたびに現地の美術館を巡りました。行く先々で美術館に立ち寄るというのは、今でも僕の大好きな旅行のスタイルです。美術館のみならず、名所旧跡も。世界中のありとあらゆる場所で、古きも新しきもさまざまなアートに触れました。

   もちろん《モナ・リザ》や《最後の晩餐》を前にすれば感じるものがあります。《最後の晩餐》なんて、それこそ戦時中、激しい砲撃をかいくぐって残ってきた。そうした歴史まで知っていれば、背筋がピンと伸びる感じもしますし、色々なことを感じさせられますよね。

   けど、今の僕のフィーリングに合うのは、やっぱり現代の作品。僕はアートを選ぶとき、本能的に「好きか嫌いか」で判断するのですが、加えて「自分の感覚に近いかどうか」で惹かれるようなところがあるんです。中でも近いと感じるのがアンディ・ウォーホルと、ジュリアン・オピー。世界中で色々なアートを見てきましたが、特にこの2人が、僕の人生にマッチしていると感じます。



ジュリアン・オピーで「一番」を目指す


─― コレクターとしてのターニングポイントはいつでしたか?

熊谷: 会社が上場し安定した頃から、本物のアート作品を収集するようになりました。それこそウォーホルも何枚か購入し、以前はこのオフィスにも掛けていたんですよ。今はもう外してしまいましたが、大事に持っています。最初のうちは、色々なアーティストの作品をバラバラに、気の向くままに買っていましたね。

   そんな中で、ジュリアン・オピーの動く作品に大きな感銘を受けたのです。このビルのエントランスにも、LEDを使ったオピーの作品※5があったでしょう。あれも僕個人が所有する作品なのですが、その原型のような作品が、当時完成したばかりの汐留の電通本社のエレベーターホールにありました。その作品が素敵だなと思ったのがオピーとの出会いです。その後、ZOZOTOWNの経営者である前澤くんのオフィスに遊びに行った時に、またオピーの作品に触れる機会があって。それがまた何というか、心に響いたんです。以来、オピーの作品を集めだしました。ただ、こうしてアートを集めるうちに、ある時、ハッと気が付いたことがありまして。

―― アート作品を集めていて気が付いたこと?

熊谷: 少し話が逸れるかもしれませんが、当社グループの4千8百人のスタッフに対して、僕がいつも言っていることがあるんです。それは「ナンバーワン」であること。提供するサービスのスペックや価格、プロダクト開発、お客様への対応、全てにおいて「一番であり続けること。一番こそ今この世の中で価値がある」と伝えているんです。

   なぜかというと、今は何がいいものか悪いものか、一番かそうじゃないかというのは、パソコンやスマホで検索したらすぐにわかってしまう時代ですよね。昔はわからなかったけど、今はスマホの中で物事のよしあし、価値、人の評価、みんなわかってしまう。こういう時代において、周りの人を笑顔にし、幸せにするには、一番であることが大事なんです。常日頃からスタッフに対して「一番になれ」と言っている自分の言葉に気付かされ、「僕のアートの集め方では、いつまでたってもルーヴル美術館を超えられない!」と思ったのです。

―― ルーヴル美術館がライバル!?スケールが大きいですね。

熊谷: ライバル視したわけじゃないんです(笑)。ただ、所蔵作品数でも規模でも、この先ずっとルーヴル美術館を超えてナンバーワンになることはない。こんな中途半端な気持ちでアートに接するのはよくないって思いました。

   そこで思ったのが、「オピーで一番」になること。僕はオピーがすごく気に入っていて、すでに何点も作品を集めている。オピーの作品を通じて、コレクターとして、経営者として表現していくことで、その先の誰かに何かを感じてもらいたいと思ったのです。

   それからは一点集中。ずっとオピーを集めていたら、今やアジアで最大のオピー収集家になっているというわけです。まあ、世界ではまだ2番らしいのですが、おそらくもうじき一番になるはずですよ。



シンプルな表現に感じる「近しみ」


―― それほどまでに熊谷さんの心を動かした、オピー作品の魅力とは何でしょう?

熊谷: オピーの作品は、人をモチーフにしたものが多いんです。建物や車がモチーフの作品もありますが、多くは「人」。世の中にあって、一番複雑なものは人間ですよね。しかも固まっているわけじゃなく、絶えず変化しています。この人間という複雑なものを、一筆書きのようにシンプルに描きながら、豊かに息づく様を表現している。そんなオピーの作風が、自分の生き方や、手掛けている事業のポリシーに非常に似通っているなと親しみを感じ、強い関心を持ったんです。「近しみ」と言い換えてもいい。僕は生き方も経営もシンプルが一番いいと思っているんです。

   僕たちの企業グループはインターネットの事業を手掛けています。中でもドメインやサーバーというのは、インターネット内の情報を増やすお手伝いをする事業です。このインターネットの情報というのは、全て0と1の組み合わせで構成されているんですよね。動画であろうが、手の込んだ複雑なウェブサイトであろうが、元をたどれば0か1。至ってシンプルなんです。

   シンプルに生きたい、シンプルがいい。そしてインターネットの存在そのものが、突き詰めるとシンプル。複雑な対象をシンプルに表現する、という共通点を感じるからこそ、僕はオピーの作品に惹かれるのでしょう。

   加えて言うなら、オピーは、LEDを使った作品も平面の作品も、デジカメを使って何千枚と写真を撮った中から、その対象の特徴をパソコンで抜き出して作っているんですよね。そういったところも、最もインターネットに近いアーティストだと感じますし、すごく今の時代に合っていると思います。

   そういえば、GMOのロゴ、僕がデザインしたってご存じでしたか?もちろん、デザイナーがブラッシュアップしていますが、基本のデザインを作ったのは僕なんです。で、どことなくオピーの作品の雰囲気に似ていると思いませんか?

─― 言われてみれば確かに。意識して作られたのですか?

熊谷: いえ、作ったのはオピーと出会う前。十数年前だと思いますが、シンプルで、全然古くさくならない。こういう感じが元々僕は好きなんですね。

大阪オフィスの会議室、モニターにはGMOのロゴ Photo by Keizo KIOKU


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アーティスト本人から熊谷コレクションにクレーム!?


―― 熊谷さんのコレクションの中で、特に気に入っているオピー作品はありますか?

熊谷: 僕が所有している中で一番大きいのは、会社のゲストルームに置いてある、4メートルもある作品※6。モデルのケイト・モスさんを描いた作品なんですが、とても気に入っています。この部屋の後ろにある作品※7も好きですね。3面で構成されているんですけど、このシリーズも何種類か持っています。そこの通路にある作品※8も好き。つまり、どれもこれも気に入っているんですよ(笑)。基本は気に入ったものしか集めていないから。僕のコレクションの傾向としては、女性をモチーフにした作品が多いですね。

   そういえば先日、オピーさんが来てくれたんです。

―― ジュリアン・オピー本人が、このオフィスに。

熊谷: ええ、ご家族で遊びに来てくれました。その時に、クレームというか、本人から2つ言われたことがありまして。ひとつは「カバーをするな」。最初はそのまま展示していたんですが、オフィスという性質上、スタッフやお客様が頻繁に通る場所にあると、どうしても作品に触ってしまいかねないんですよ。だから作品が傷つかないように透明のアクリルのカバーをかけたんですけど、オピーさんには「カバーをするな」と言われました。

   もうひとつは、「世の中男女半々なのに、どうして女性の作品ばっかり飾っているんだ」というもの(笑)。これには反論してね。「僕は本能的に収集している。僕は男性なので、女性を描いた作品の方がいいに決まってるじゃないですか」って。コレクターであれば偏りがあって当然で、コレクターの解はベンチャーだと思うので、そこは反論しておきました(笑)。

   僕がアートを選ぶ時は、理屈じゃなく本能。だから悩まない。驚かれるかもしれませんが、作品を購入する時は、オーケー、ノー、オーケー、ノーと秒単位で決めているんです。これこれこうだからいい、という理屈じゃない。まずは直感。それから、なぜこの作品がいいのかな、と後から解釈して自分自身で納得しているんです。そうか、自分はオピー作品のシンプルさが好きなんだな、とか。

《スザンヌを見る(後ろ姿)》 Photo by Keizo KIOKU


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オピー展の「裏の目的」


―― そのようにして選ばれたコレクションを、2015年の秋にはオピー展として一般公開されました。反響はいかがでしたか?

熊谷: ふたを開けてみるまではどのくらいの支持が得られるかわからなかったのですが、いや、びっくりしましたね。

   まず驚いたのは、協力してくれたスタッフの多さ。オピー展は、このオフィスを会場として開催したこともあり、展覧会当日のボランティアスタッフをグループ会社も含めスタッフ内から募集したんです。そうしたら、即日に何十人ものスタッフが申し込んでくれて、休日開催にもかかわらず瞬く間に運営スタッフが決まった。これまでも社内の色々なプロジェクトでボランティアを募ったことがありますが、今までで一番早く集まったんです。しかもアートやオピーが好きなスタッフが多くて、モチベーションがものすごく高い。

   来場者数は、前夜のレセプションで300人くらい。土日の2日間で1千人を超えるという、想定外の人数でした。その感想も意外で。「オピーの作品が素晴らしかった、最先端のオフィスを見られてよかった」という声もありましたが、何より、「接客してくれたスタッフの態度が素晴らしかった、印象がすごくよくなった」という声をたくさん頂戴したんです。これを聞いて、本当にオピー展をやってよかったなって思いましたね。仲間の気持ちもひとつになったし。

―― 皆さんが積極的にボランティアを申し出たということですが、さすがに4千8百人もいらっしゃるというスタッフ全員がアートファン、オピーファンというわけではないですよね。

熊谷: もちろん。うちのスタッフの中には、正直、この絵のバリューをわかっていない人も多かったと思うんですよ。だけどオピー展を開催したことで「ああ、いつものオフィスにあるのはそんなにすごいアートだったのか」って、やっと気付いてくれた。

   オピー展を開催した僕の裏の目的は、実はそれだったんです。実際に1千人以上のお客さんが詰めかけて、SNSにもすごい勢いで拡散されて。あれで、日頃アートに全く関心がなかったスタッフもみんな気付いたよね、「ジュリアン・オピーってすごいアーティストなんだ」って。



誇りを持つために最高の環境を


―― 考えてみれば、見たくても見られないような作品に囲まれた環境で毎日普通に仕事をしている方がすごいのかもしれません。

熊谷: うちのスタッフには本物を見てもらいたいんです。中でも、会社の経営理念や、僕のポリシーが直に伝わるような本物を見てもらいたい。そのために、オフィスのフロアを「ギャラリー」と名付けて、自分のコレクションを置いているんです。もちろん僕自身が楽しいのもありますよ。僕はアートが好きだから見ていて楽しいけど、それだけじゃない。

   本物には、本物にしかないパワーがあります。そこにいないと絶対に感じられないものが。ここでは仕事をしている日常の空間の中で、この近さで本物に触れられる。アーティストの魂が伝わってくるはずです。

   インターネットの事業で一番のサービスを提供していくためには、エンジニアやクリエイターといった作り手が大事なんです。うちのスタッフ4千8百人のうち、今、43%くらいがモノづくりをしています。将来的には5割くらいまで高めていきたいのですが、特にこの、モノづくりをしているスタッフに、本物に触れて何かを感じてもらいたい、感性を磨いてもらいたいんですよ。

   人には誰しも寿命があります。そう考えたら、時間を使うのは命そのものを使うということです。会社というのは、人の命を消耗する場なんですよ。だからこそ、関わってくれた人の命を無駄にしないためにも、会社は長く続けなきゃいけない。百年続く組織をつくらなきゃいけない。そのためには、一番のサービスを提供し続けるという誇りを持った仲間の集まりにしなきゃいけないんです。

―― 誇りを持った組織をつくるために、アートや文化が一役買っているわけですね。

熊谷: ええ、やっぱり創業者の僕が、何をやるにも「ナンバーワン」を徹底しているということが重要で、アートもしかりなんです。僕はワインやシャンパンについてもとことん追求していて※9、詳しいですよ。自分で言うくらいだから相当です(笑)。アートについても、全てのアートとは言いませんが、オピーに関しては誰よりも詳しいと胸を張って言えます。なぜならば、これだけ毎日接しているから。たぶんオピーの作品に日本で一番接しているのは、あるいはアジアで一番接しているのは僕であり、うちのスタッフだと思います。

   このオフィス自体、オピー仕様に改装したくらいです。テーブルは元々茶色のものを置いていたんですが、ホワイトにして。椅子の色ももっと濃かったのをグレーにして、床も全部白に張り替えて、作品を照らす照明も設置したんです。ホワイトボックスのギャラリーのように。一番にこだわるから、ここまでできるのです。



一点集中、そこから広がるアートの未来


―― 一番になりたい、何かを成し遂げたい、しかしお金にも時間にも制約がある、という人へのアドバイスはありますか?

熊谷: 一番大事なことだけに集中すればいいんですよ。お金や時間を使って一番になるのは普通の人のすること。普通と同じじゃダメですよ。お金を使わず、時間を使わず、一番大事なポイントにだけ集中して、素早く行う。今の時代、スピードが重要です。

   また、ポイントに集中するということは、それ以外は切り捨てるということでもあります。だから捨てる勇気も必要。本当に大切なこと以外は思い切って捨て、一点集中で突き進むことが大事です。例えば、うちの会社はインフラの事業では今でこそゼネラルに一番になっていますが、最初からそうだったわけではありません。ランチェスター戦略といって、最初はごくごく狭い範囲で一番になる、あるいは決まった角度から見たときに一番になる。そこからどんどん広げていくことが重要なんです。

   これを僕のアートの話に置き換えると、まず、オピー作品のコレクターとして一番になる。そうすると、色々な付加価値が手に入ります。例えば当のオピーさんが遊びに来て直接お話しをすることができる。また、オピー作品に関する最新情報が自然と集まってくるし、こうしてご取材にも来てくださる。

   さらに、こうした付加価値が生まれることで、今までにはない現代アートの未来が見えてくるかもしれません。僕のコレクションを通じて、より多くの方にオピーの魅力を伝えられる。これによってオピーの作品が新しい分野への広がりを見せるかもしれませんし、オピー作品に触れた人の感性が刺激され、その中から新たなアーティストが育っていくかもしれません。

   繰り返しますが、まずは一点集中する、一番になるということが重要です。まさに僕が「このままではいつまでたってもルーヴル美術館を超えられない!」と気付いた瞬間のように。そうすると、2日間で1千人もの方がオフィスに押し寄せて、皆さんの笑顔と感動が生まれる、そんな想定外の価値の創出にもつながっていくんです。

―― ありがとうございます。ところで、その後、作品のカバーは外されたのでしょうか?

熊谷: 本当は外したいんですよ。オピー展の時には外しました。確かに、直に見ると迫力が全く違う。そこはオピーさんの言うとおりだなあと思いました。ただね、うちのスタッフがこのビルだけでも数千人、お客様も毎日何百人とご来社されます。さすがに管理しきれない。気をつけていても、やっぱりぶつかる人がいるんですよ。まあしょうがない、みんな急いでいるから。何しろ一点集中、スピード命だから(笑)。

東京オフィスの受付に向かう通路 Photo by Keizo KIOKU

左《兵士 2.》 右《フライトアテンダント 1.》 Photo by Keizo KIOKU

左《兵士と事務弁護士》 右《機械工とミュージシャン》 Photo by Keizo KIOKU


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   インタビューを行ったのは、2016年6月の平日の午後だった。その日は同じフロアでグループ会社の説明会があったようで、通路には会場を示す矢印の付いた立て看板が置かれていた。足早に行き交う人たちに混じって、ホットパンツ姿の巨大な女性たち※10※11も駆けて行くように見える。全体をよく見ようと後ろに下がると、反対側の壁にせり出したLEDの作品※12※13に危うく本当にぶつかりそうになった。作品との距離が驚くほど近い。

   ガラス張りの会議室の各部屋にも作品があり、会議やプレゼンテーションをする人越しに見ることができる。オープンスペースのテーブルもミーティング中の人でほぼ埋まっている。静謐な美術館を思わせる無人のオフィスの写真とは違い、動きと声が溢れている。ガヤガヤした日常風景が、外から来た者にとってはかえって魅力的に感じた。明快な色と躍動感を持つ作品が、働く人をより生き生きと見せていたのが印象的だった。

   さて、前年の秋に行われたオピー展も、実は「人」を見せる展覧会という側面があった。

   スタッフのひとりは、学生時代に美術史を専攻していたことを生かして企画・運営を担当した。開催前には、当日のボランティアを申し出た仲間に展示や業務内容のレクチャーもした。「アートに関心の高い人がよりよい環境で鑑賞できるように」との思いから入場料は無料ではなく300円とし、コミュニケーションスペースでは飲み物を手に作品を堪能し、一緒に訪れた家族や恋人、友人と会話しながら楽しんでもらえるよう1ドリンクを付けた。のべ80人が休日返上で出社して迎えた展覧会当日。貴重なコレクションや先進的なオフィスを見に訪れた人は、そこに働く人のホスピタリティを思いがけず「発見」することになった。

   見方を変えれば、「スタッフに来場者を見せるための展覧会」でもあった。詰めかけたアートファンや報道陣も、SNSで共有された感想も、展覧会を構成する重要な要素になっていた。それらを目にするのは、当日その場にいない人も含めた同社グループのスタッフ全員である。オフィスの中でも、公開された会議室フロアはほんの一部に過ぎない。スタッフ以外が足を踏み入れることのできない執務フロアで、新しいプロダクトやサービスの開発をする人、そのプロダクトやサービスを売る人、そして昼夜を問わずインターネットのインフラを支え、守る人、全てが「観客」だった。来場者の姿を見ることで、今までアートに興味のなかったスタッフもその価値に気付く。つまり、展覧会が終わっても、オフィスにあるアートは効力を発揮し続けるのである。

   「コミュニケーションを生む」「感性を養う」「誇りを育てる」。これらは見た目のインパクトや短期的な経済効果の向こうにあるアートの力だ。インタビューの中では、熊谷氏が「長く続く組織をつくる」という目的のためにアートを活用する様子が語られている。日頃リーダーとして発している自らの言葉をアートのコレクションにおいても実践する、そのプロセス自体が「経営者としての表現」なのだろう。

   熊谷コレクションのひとつ、ジュリアン・オピーの《人々 14.》は、2016年夏現在、東京・渋谷にあるセルリアンタワーのオフィス棟入口で誰でも見ることができる。見た人が、未来に何を表現するだろうか。

《人々 14.》 Photo by Keizo KIOKU


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脚注

※1 オピー展:「熊谷コレクション~オフィスとアートの新しい関係~ジュリアン・オピーの世界」と題した展覧会。
GMOインターネットグループの東京・渋谷オフィスを会場に、2015年11月7日(土)・8日(日)の2日間限定で開催された。
詳細は、http://art.kumagai.com/JulianOpieを参照のこと。

※2 熊谷正寿(Masatoshi Kumagai, 1963-):GMOインターネット株式会社代表取締役会長兼社長・グループ代表。

※3 アンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987):米国のアーティスト。女優マリリン・モンローの顔をモチーフにしたシルクスクリーン作品のシリーズは代表作のひとつ。

※4 ベルナール・カトラン(Bernard Cathelin, 1919-2004):フランスのアーティスト。

※5 《人々 14.》(2014)

※6 《Woman Dressed. 1》(2002)

※7 《3つのパーツのシャノーザ 09》(2007)

※8 《スザンヌを見る(後ろ姿)》(2006)

※9 2016年6月には、シャンパーニュの普及と啓蒙を目的としたフランスの団体「シャンパーニュ騎士団」から、運営側以外では最高の序列であるシャンベランに叙任された。 ※10 《兵士 2.》(2015)

※11 《フライトアテンダント 1.》(2015)

※12 《兵士と事務弁護士》(2015)

※13 《機械工とミュージシャン》(2015)

最終更新 2018年 8月 09日
 

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