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辻直之:風の精
展覧会
執筆: 記事中参照   
公開日: 2009年 7月 14日

≪風の精≫2009年|画像提供:小山登美夫ギャラリー|© Naoyuki Tsuji

辻直之の映像作品は、観賞後にある特別な感覚を残します。それは紙に木炭でカットを描き、撮影し、動かす部分を消し、また同じ紙に描く、という作業を繰り返す手法によって生み出された映像のなかの残像が与えるものなのかもしれません。登場する人物や雲などが動く度に刻まれるその残像は、動いているものと同格の、あるいはそれ以上の存在感をもっているように思えます。それはもしかすると、描かれるものが自由に動き変身するのとは対照的に、痕跡、過去や記憶というものは消し去ることができないということを、私たちに思い出させるからなのかもしれません。

『雲を見ていたら』(2005)では、退屈な授業中に雲を眺め、ノートにその姿を描いていた少年を雲が見つめ返し、ノートの雲がもくもくと立ち上がって彼の体に入ります。そして彼や他の生徒たちも次々に雲になっていきます。『エンゼル』(08)では、カードゲームをしている不思議な生き物たちがめくった赤ちゃんのカードが、穴をつたって妊娠を望んでいるカップルの女性の子宮に届けられます。これらの幻想的なストーリーに響きわたる高梨麻紀子による美しい音楽が、まるで神話やフォークロアのような純度の高さを際立たせます。辻の作品は、人間の不完全さや脆さと同時に、何か崇高なものの存在を感じさせます。

【この展覧会について】
新作の『風の精』のほか、過去の作品4点を展示上映いたします。『風の精』の英語題は”ZEPHYR”、ギリシャ神話に登場する擬人化された西風を意味します。この風の精はある赤ちゃんのもとにやってきて、赤ちゃんを連れ出し、太陽の口の中へいざないます。さて、一体どんな体験が待っているのでしょうか。是非、会場にてご高覧ください。

【作家プロフィール】
辻直之は1972年静岡県生まれ。少年時代はマンガ家、アニメーターを志しました。95年に東京造形大学を卒業。現在は横浜市を拠点に制作しています。大学では彫刻を専攻していましたが、近年は造形芸術と映像を組み合わせるアニメーション作品を制作。岩崎ミュージアム(横浜、02年)、Corvi-Mora Gallery(ロンドン、08年)などで個展をおこなった他、バンコク、ソウル、ロンドン、パリなどの映画祭や日本各地で作品を上映しています。『闇を見つめる羽根』(04)、『3つの雲』(05)がカンヌ国際映画祭監督週間に招待され、また05年には同映画祭のポスターも手がけました。昨年は「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」展(東京国立近代美術館、その後京都国立近代美術館に巡回)に出展。小山登美夫ギャラリーでは初の個展となります。

※全文提供: 小山登美夫ギャラリー

最終更新 2009年 7月 31日
 

編集部ノート    執筆:小金沢智


2008年に東京国立近代美術館と京都国立近代美術館で開催された「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」展で辻を知った人は多いのではないか。私もその一人だが、今回の個展では旧作4点に加え、新作≪風の精≫(2009年)を発表している。 辻のアニメーションは、カットを木炭で描き、撮影したのち、動かす部分を消し、また同じ紙に描く、というプロセスを経て制作される。したがってアニメーションは、登場するキャラクターが動けば動くほど木炭の跡が否応なく残り続け、むしろその効果を狙ったものになっている。そうして一つの形が変化し続ける辻のアニメーションは、まるで私たちの日常で空の雲がなにか違うもののかたちに見えることと地続きだ。今回の「風」や旧作では「雲」など、形の定まっていないもののメタモルフォーゼはその手法に合致している。


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