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やなぎみわ:マイ・グランドマザーズ
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2009年 3月 26日

「祖母」という存在は不思議だ。

母や父は自分と重なる時間も多く、その共有した時間の多さからこちらに残る記憶や経験が多いが、「祖母」の存在は私たちと重なる時間も少なく、時には共有する時間さえなく、その生を終える。私たちには祖母が生きた時間は、どのように想像しようとも隔てられた時間の長さが、なにか遠い距離として私たちに与えられてしまっているのだ。

だが、距離があるとはいえ他人ではない。そのことが、祖母との関係に親密さを生み出し、私たちに過ぎ去った過去へと想起させ、私たちの未来、老後を想像するモデルとして「祖母」はいる。そのような私たちの「祖母」を主題とした展覧会が<やなぎみわ:マイ・グランドマザーズ>(2009.3.7~5.10東京都写真美術館)だ。

fig. 1 ≪MIE≫2000年 東京都写真美術館蔵 © Yanagi Miwa / Courtesy of Tokyo Metropolitan Museum of Photography

fig. 2 ≪MIKA≫2001年 作家蔵 © 2001 Yanagi Miwa

fig. 3 ≪MINAMI≫2000年 作家蔵 © 2000 Yanagi Miwa

先ほど「祖母」とは私たちより先行する時代に生を受け、生きた存在であると書いた。だが、この展覧会で私たちが出会う祖母たちは私たちが知っている「祖母」とは少し違う。この展覧会で私たちが出会うのは「未来」の祖母たちなのだ。「マイ・グランドマザーズ」はモデルとなる10~40代の女性たち※1が思い描く50年後の自分の姿をやなぎとの対話により作り上げ、写真作品とするやなぎみわのライフワークとも呼べる作品である。この展覧会ではシリーズ全26点、26人(組)の「祖母」がすべて展示されている。

いまだ存在していない未来の祖母を造形化するにあたって、やなぎは一般の人々からモデルを募り、時には時間をかけインタビューをし、モデルの人々が考える「祖母」を特殊メイクやCG加工も使いながら、セット、小道具まで含め丹念に作り上げていく。人は明日や1年後のことというのは、容易に「想像」できるかもしれない。だが、50年後の自分を思い描けるだろうか。そこには、予測さえ困難な未来が横たわり「創造」するしかない時間の距離がある。それが、この「マイ・グランドマザーズ」シリーズの未来へとベクトルを持つ生の力がある。私たちの前にいまだ見えない「未来」を思い描き具体化すること。それは時に「物語」や「寓話」的な要素を孕み、人知を超えた未来を見せてくれる。だが、このシリーズはSFではない。想像する「現在」という地点から考える「祖母」である点で、「マイ・グランドマザーズ」シリーズはファンタジーとしての要素を持ちながらも、私たちの生と結びついている。

「マイ・グランドマザーズ」の未来は、明るいわけでもないが、けっして暗いわけでもない。モデルとなる人によって、「祖母」、未来の世界に対してのイマジネーションが異なるからだ。例えば、≪MIE≫(2000)[fig.1] では、水底に消えた終末的な世界を生きているし、流れ着いた島で十数年の時を生きてきた≪MIKA》(2001)[fig.2] には世界の終わりが示唆される。そして、≪YUKA≫では平穏な温泉地での暮らしを捨て、アメリカに渡って年下の彼氏と出会いアメリカ横断をする。≪MINAMI≫(2000)[fig.3] ではアミューズメントパークを経営するキグルミを着た社長だ。そうかといえば、枯葉や苔とともに一体化するように身を横たえる≪MITSUE≫(2009)や、森の中で琴をひとり静かに弾く≪TSUMUGI≫(2007)のような静けさをたたえた作品もある。具体的な職業や未来像を造形化したものもあれば、抽象的な未来を見せる作品もある。それらの作品からはさまざまな未来像のカタログとしても見ることができるだろう。

「マイ・グランドマザーズ」は未来を写し出しており、そこに「過去」はない。しかし、「マイ・グランドマザーズ」は未来を写し出すことにより、それを見る私たちに、自身の未来、ありえたかもしれない人生に想像をめぐらせる「現在」を強く意識させることになる。

そう、ここに写されているのは生きている「祖母」たちなのだ。これから「祖母」になる人とは、私たちであることに気づくだろう。「マイ・グランドマザーズ」は私たちにとって未来の青写真なのだ。たしかに、ここで写される「祖母」たちの未来はファンタジーとしての世界観が強いかもしれない。特殊メイクやCGにより作り上げられた世界は、ときに過剰な演出を感じさせもする。終末的な世界観が漂い、病や死もなく、男性も家族も出てこず、私たちが直面するだろう現実的な老後など微塵もない。だが、「マイ・グランドマザーズ」には、型に嵌まった未来を生きる「祖母」など一人もなく、生を、未来を、命を信頼する意志がある。ここには想像するから描ける未来があり、未来への信頼があるからこそ作り出せる世界がある。なぜなら「祖母」になるとは「未来を生きる」ことに他ならないのだから。


脚注

※1
実際には男性モデルも含まれている。男性モデルの作品は≪ESTELLE≫、≪RYUEN≫、≪ERIKO≫の3点。

参照展覧会

展覧会名: やなぎみわ:マイ・グランドマザーズ
会期: 2009年3月7日~2009年5月10日
会場: 東京都写真美術館

最終更新 2015年 11月 01日
 

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