画家・鏑木昌弥(かぶらぎ・まさや/1938年東京生まれ)は、多摩美術大学油画科在学中より人形劇団で美術製作を担当し、アニメーションの美術制作、絵本の挿絵画などに携わりながら、画家としての活動をスタートします。1963年から前衛美術展に出品、1970年からは前衛美術会から改組した「齣展」に中村宏らとともに参加しました。はじめは油彩画を描いていた鏑木ですが、画材としての鉛筆に価値を見出し、モノクロームに近い禁欲的な作風でスタートしました。繊細で鋭利な線描が重なりあう緻密な描写には目を奪われることでしょう。一方、40年にわたる作品を一堂に顧みると、次々とスタイルを変え、一人の人物から生み出されたとは思えない変幻自在な表現力を持っています。どの作品にも共通しているのは、まるで1篇の詩を読んでいるかのごとく、彼の想像の物語に観るものを引きずりこむ力です。
ながらく練馬区石神井に住んでいたことを機縁に、その画業を網羅するまとまった作品群がこの度、練馬区立美術館のコレクションに加わりました。そのなかから今展では約50点の作品をセレクトし、鏑木昌弥の画業をご紹介いたします。
鏑木 昌弥 (KABURAGI, Masaya) 1938年 東京都大田区矢口に生まれる。絵を描くことを趣味とした両親のもと、幼少期より絵画に親しみ、山川惣治や小松崎茂などの絵物語に熱中する。 1962年 多摩美術大学美術学部油画科を卒業。在学中は文芸部に所属、また人形劇団プークで人形制作のアルバイトを始める。 1963年 第17回前衛美術展に出品。以後’67、’69年にも出品。 都立聾学校などで図工、絵画などを教える(~1999年3月まで)。 1967年 前衛美術会会員となる。練馬区石神井に転居。 1970年 初個展(あかね画廊)を開催。このとき初めて鉛筆画を発表し、『三彩』No.259に展評が掲載される。「前衛美術展」から改組した「齣展」(東京都美術館)の第1回に会員として参加。以後、同展に’98年までほぼ毎年出品する(’80、’88、’95を除く)。 1976年 個展(さくら画廊企画)を開催。以後、同会場で78年まで毎年開催。 1978年 大田区大森に転居。 1983年 個展(アートギャラリー環企画)を開催する。以後、現在まで同会場で毎年開催。 1987年 和紙を使用した最初のシリーズ「後ろ向きと背中の間」が始まる。 1990年 「幻想の力」(宮城県美術館企画)に出品。横浜市保土ヶ谷に転居。 1996年 「女性の肖像―日本の現代美術の顔」(渋谷区松涛美術館企画)に出品。 1999年 定年にあわせて、齣展を脱退する。 2008年 早稲田大学早稲田大学會津八一記念博物館にて「川妻さち子氏寄贈 鏑木昌弥の世界展」を開催。 2009年 福島県立美術館にて「コレクション展Ⅱ 鏑木昌弥の絵画」を開催。 2011年 練馬区立美術館にて「うす羽の幻想 鏑木昌弥展」を開催。
■パブリックコレクション 練馬区立美術館、 福島県立美術館、 三重県立美術館、 宮城県美術館、 早稲田大学早稲田大学會津八一記念博物館
■挿絵の仕事 「もうひとりの赤ずきんちゃん(NHKお話しシリーズ9)」(日本放送出版協会)1975年 「世界のおはなし2」(一陽社)のラベル挿絵を担当する。 「うたのパペット(全2巻)」(星の環)1982年 「おはなしパペット たったひとりの人形劇の本(全5巻)」(星の環会)1985年 「東京人外ブルース」大西詳一著(かぶらぎ屋クラブ)2004年 「別働隊の日」大西詳一著(かぶらぎ屋クラブ)2004年 「構造」(2~11号/1982~1995年)表紙絵を担当。
■アニメーション・演劇などの仕事 人形アニメーション映画「くるみ割り人形」(サンリオ/1979年公開)の美術設定を担当。 アニメーション映画「シリウスの伝説」(サンリオ/1981年公開)のイメージ設定を担当。 演劇「イダ・イベルダ(往復)」(渋谷ジァン・ジァン/1982年)の美術デザインを担当。 ほか人形劇団プーク作品の美術を担当。
イベント ・学芸員によるギャラリートーク <事前申込み不要> 6月 4日(土)、6月11日(土)、6月18日(土)、7月2日(土) 各日午後2時より会場にて *6月 4日:手話通訳付、11日:ゲスト=鏑木昌弥(出品作家)
※全文提供: 練馬区立美術館
会期: 2011年6月3日 (金)-2011年7月3日(日) 会場: 練馬区立美術館
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