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小西紀行:絵画、それを愛と呼ぶことにしよう Crazy for Painting Vol.5
展覧会
執筆: カロンズネット編集3   
公開日: 2012年 9月 14日

小西紀行「untitled」2012年、油彩・キャンバス、145.5x112cm

愛を家族に(そして絵画に)宿らせるための小西紀行の試み   保坂健二朗

小西紀行は画家である。 そんな彼がモチーフにし続けてきているのは、人だ。 それも、基本的には彼自身の家族だ。

とまとめてみると、次のような疑問がきっと生じることだろう。 なぜ彼はいまどき絵画において家族などを描くのか。 人を描くにしても、多義的な(あるいは不可解な)物語をつくってその中に入れ込むのが流行りの昨今、あの描き方ってはっきり言ってダサくないのか。

これについての答えを私なりに言えばこうなる。 そもそも、絵画というメディアそのものがダサいのだ。 そして形式と内容を一致させるという芸術の基本を考えれば、 ダサいテーマはむしろ絵画にとって好ましい。

だが、ひとつ注意すべきことがある。 「家族」とは、ここしばらく、社会科学の領野において、 つまりこの社会にとって、最重要課題のひとつであるということだ。

家族とはなにか。 その答えは、時代によっても社会によっても異なるが、 今ここ日本で確認しておくべきは、山田昌弘など多くの社会学者が指摘するように、戦後の日本で、恋愛結婚に基づき形成された「近代家族」が、 実際には身体的な性差による分業体制を基盤としており、 結果として、家族の中からコミュニケーションを欠落させてしまっていたという事実だ。 言い換えれば、愛という名の下に女性は搾取され続け、と同時に、 沈黙を好む愛を至上の価値とするがゆえに、コミュニケーションは阻害されてきた。 そうして今日のちょっと絶望的な日本の社会がある。 いささか短絡的ではあるものの、ここではとりあえずそうまとめておこう。

もちろん、新しい関係性の在り方が最近注目されたり提起されたりしてはいる。 たとえば「親密圏」(齋藤純一)。あるいは「友人主義」(佐藤和夫)。 そのどちらも興味深い概念であり実践である。 しかしだ。これまでの生活を、あるいはそれこそ「家族の歴史」を否定できるほど強い人間はそういないという事実にも充分に目を向けるべきだろう。 そして小西は、どちらかと言えば、誤解を恐れずに言えば、弱い人間である。

彼の絵を見てみると、そこに出てくる家族が、いかにも家族的であることに気づく。 たとえば父親に子供が馬乗りになっている。あるいは母親が子供を抱いている。 実はそこには暴力性が潜んでいるとか、実は両者は無関係なのですとか、 そういういかにも現代美術的なトリックなどない。 直球勝負。The家族写真。触れあったり、触れあうくらいに近づいて並んだりしている。 ただひとつ奇妙なところがあるとすれば、背景の処理である。 それは、写真を絵画にするという単純な機能のみならず、文脈の剥奪という効果を持つ。 言葉を介さないコミュニケーション、スキンシップによるコミュニケーションに、自然とフォーカスが当てられる。

言うまでもなく、子供が(あるいは小西が)成長するにつれて、 そのような「幸せ」なコミュニケーションは家族の中では成立しなくなる。 家庭から会話は少なくなり、しかし子供は外で他者との間に性愛を育む。 だがやがて、理想的な家族を見出していたつもりのそのふたりも、多くの場合は同じ轍を踏む……

だからこそ近代家族に代わるモデルとして、性愛ではないコミュニケーション、具体的には言葉に基づく「親密圏」や「友人主義」が提起されているわけだが、しかしそうした時に忘れられているものがある。触覚や身振りといった身体的な感覚だ。 そして、言ってみれば小西は、自らの絵画作品の中で、 言葉とは異なる、性愛でもないコミュニケーションの方法を検証しているのではないか。

興味深いことに、そんな小西の絵に、変化が訪れている。 そこから生まれるのは、単に新しい作品、新しい絵画というだけでなくて、新しい「家族」像であるのではないかと勝手に私は期待してしまっている。


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絵画、それを愛と呼ぶことにしよう  保坂健二朗

思い切って言おう。今、絵画を語ろうとするにあたってキーワードとなるのは、愛だ。 パースペクティヴとか平面とか、イリュージョンとかモデルだとかは、今やどうだっていい。 確かにそういう理念なり方法なりは、ある。でもそれが絵画の目的となってはならなかった。 絵画の長い長い歴史を振り返ってみてほしい。 すべては、自らの、ある人の、共同体の、あるいはみんなの、 愛(情)を注ぐに足る存在を生み出すことに賭けられてきてはいなかったか。 その過程において様々な技法や理念が確立されてきたけれど、でもそれは手段であった。 目的と手段を混同してはならない。

絵画は、その形式上、愛情を注ぎやすい存在である。 普通壁に掛けられるそれは、四方から見られることを望む一般の彫刻と違って、人とface to faceで向かい合う。 絵画自体が、人と関係を結ぶことを必要としているのだ。 強いようで弱く、弱いようで強いそれは、画家の愛によって生まれた新たなる存在として、さらに誰かと結びつくことを切実に求めている。 と同時に、絵画は、壁に掛けられるという理不尽な姿で人々の前にさしだされている点において、 まるで生贄のようでもある。生贄。「美」という言葉の語源。 「台(大)」の上に捧げるためのかたちのよい羊。だが、もっと俯瞰的な視点を持てば、生贄とはつまり人々の思いを集約するための存在である。 「美」の意味はそこにも求められるべきではないか。

本展では、そうした美=愛=絵画の機能に正しく魅せられた人達に参加してもらう。 ある者は、オーソドックスに、新作を中心とした構成とする。 ある者はアーティストを目指したときから変わらない絵画への憧憬を、彼らしい方法で語る。 また互いに敬意を抱いていたある者たちは、ふたりでひとつの展示を構成することに挑戦する。 彼らの作品の間に、なにかひとつの視認できる傾向を見出すことはできない。 むしろ、かけ離れていると言ってもよい。でもその違いは、彼らが絵画の機能を、絵画的な愛のあり方をリファインしようとするからこそ生まれるのであって、次の一点においてはやはり共通している。画家たちは、自らのアトリエの中で孤独に生まれたものが、やがて誰かと、あるいはなにかとつながると信じている。 つながるために最適なあり方を探している。 今ここ日本で絵画を特集すべき理由は、そこにある。

[作家コメント]
「もう二度と描けない絵を」

想いから産まれる形をもう少し信用する。描くということを手に戻してあげる。
それでも、安易に、低い志で形づくろうとした途端、その箇所から一歩ずつ遅れる。そんで捕まる。群れの中を走る羽目になる。分析という安心感で先頭集団を見失う。
要はグルーヴ感。絵が生きている間に現状をぶち込む。線からフォルムへ、色からヴァルールへ、ラインは、軌道は繋がって行ける。可能だ。まるで彫刻を彫るような手応えと脳内色彩感覚。視たいことと描けること、手が描きたいことと出来ること。それらを同時に放つ。抑制せず、修正せず、許す。(2012年7月21日10時49分の制作日誌から)

「拭いて描くということ」

キャンバス上60cmの距離で、自問自答を繰り返す。この今から振り下ろすタオルをどう振る舞わせるべきか?それは拭き取ると言いながらも、実際は線を引いている、色を伸ばしている、形を繋げている。そしてそれは早い、素早く描ける必要があるのだ。探索のためだ。あれこれ思い悩んで比較検討している暇なぞ今はいらん。描きたい図像と、どう描きたいかは、同じことか? 違うことなのか?
あらゆる見え方を試すべきだ。何かに似せるということと、ただこねるということが、野性的な、原始的なレベルで一致するということを絵は求めている。
素材そのものが持っている可塑性の極とイメージが持つ可像性の極が、とても純粋な状態、シンプルな状態で一致を見るということが自分の手によってできたなら、きっと、自分の中の特殊なもの、あるのに見えないし触れられないもの、なにかのきっかけでしか起動も駆動もしないもの、なにかそういう根源的な感覚を形に残せるんだと思う。(2012年9月12日19時53分の制作日誌から)

小西紀行

[作家プロフィール]
●小西紀行 こにし・としゆき

1980年広島県生まれ。2007年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。主な個展に2009年「個として全」(ARATANIURANO、東京)、2008年「千年生きる」(カフェ小倉山、横浜美術館、横浜)、2007年「人間の家 ver. MAGIC ROOM ?」(magicroom ?、東京)など。主なグループ展に2009年「neoneo展 Part1[男子] 」(高橋コレクション日比谷、東京)、2009年「VOCA展2009」(上野の森美術館、東京)、「Long Season」(Michael Ku Gallery、台北)、「Emotional Drawing」(SOMA美術館、ソウル)、2008年「Oコレクションによる空想美術館-magical museum tour 第6室『赤羽史亮・小西紀行の部屋-new new painting』」(トーキョーワンダーサイト本郷、東京)、など多数。パブリック・コレクション:ピゴッツィ・コレクション。

オープニングパーティー 2012年9月21日(金)17時~19時
アーティストトーク 2012年9月21日(金)19時〜20時
※時間帯がいつもと異なりますのでご注意ください

小西紀行


全文提供:gallery αM
会期:2012年9月21日(金)~2012年10月20日(土)
時間:11:00~19:00
休日:日・月・祝
会場:gallery αM
最終更新 2012年 9月 21日
 

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