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ホームアゲイン―Japanを体験した10人のアーティスト
展覧会
執筆: カロンズネット編集3   
公開日: 2012年 8月 09日

シャギニ ラトナウラン「L.S.」2011年

メアリー=エリザベス ヤーボロー「変化(太陽の下で日々が始まり、終わる)」2008年

このたび、原美術館では、「ホームアゲイン―Japanを体験した10人のアーティスト」展を開催いたします。 グローバリゼーションの進んだ今、現代美術の世界でも国際交流は世界各地で活発に行われており、その具体的な手法の一つにアーティスト イン レジデンス(Artist in Residence、以下、AIR)[注1]があります。わが国へも多くのAIRプログラムによって世界各地のアーティストが招かれ、日本の文化と社会を経験し、その後の創作活動への刺激としています。

本展は、2007年から2011年にかけて日本でのAIRを体験した広域アジアならびにアメリカ大陸の若手アーティスト10名による展覧会です。彼らは、バッカーズ・ファンデーション[注2]とNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト][注3]のAIRプログラムで来日しました。インドネシア、シンガポール、インド、アフガニスタン、ブラジル、アルゼンチンそしてアメリカと、それぞれ異なる背景から来日した10名は、約3ヶ月の滞在中で「Japan」になんらかのモチーフを発見し、制作した成果を東京で発表した後、帰国しました。今回、アーティストの再招聘を行い、国を移動することで生まれる彼らの表現の変化や進展を美術館で紹介することは、先進的なAIRプログラムのあり方を模索する試みともなります。

今回、この10名のアーティストを一堂に集め、日本滞在中に制作した作品から選んだものと同時に、帰国後に制作した近作・新作もあわせて構成いたします。当館は1979年の開館以来、現代美術における国際交流に重点を置いてきました。近年、国際情勢が大きく変化する中で、非西洋文化圏あるいは開発途上国・新興国からも国際的なアートシーンへアーティストが続々と登場しています。たとえば、現在ドイツで開催中の大型国際展「ドクメンタ13」では、アフガニスタンなど中東のアーティストが大きく取り上げられています。広域アジア・中南米の若手アーティストを取り上げる本展は、こうした現代美術のグローバル化に鑑みて意義深いものであると言えます。

言語・宗教・慣習の異なるさまざまな文化圏からやってきたアーティストたちにとって、「Japan」体験はどのようなものだったのでしょうか。また、その体験の「名残り」が、帰国後の制作活動に見出されるのかどうかも興味深いところです。それぞれの背景と同様、10名のアーティストは制作のスタイルや作風もさまざまであり、絵画・ドローイング・インスタレーション・写真・彫刻など、現代美術ならではの多様な表現を楽しめるのも見どころの一つです。
「Japan」は彼らにとってホーム(故郷)ではありませんが、それぞれのホームを再確認し、文化の壁を越えた「共生」に向けたヒントを得る契機になったと言えます。かつて私邸として建てられた原美術館の空間を使った本展が、そうした「共生」のための仮想の家(ホーム)を提示するものです。



[注1・アーティスト イン レジデンスとは]
独立行政法人国際交流基金が設けているアーティスト イン レジデンスの総合データベースサイトAIR_J(エアージェイ)http://air-j.info/では次のように説明しています。「アーティスト イン レジデンス(Artist in Residence、以下、AIR)とは、国内外からアーティストを一定期間招へいして、滞在中の活動を支援する事業をいう。わが国においては1990年代前半からAIRへの関心が高まり、主に地方自治体がその担い手となって取り組むケースが増えてきている。」

[注2・バッカーズ・ファンデーションとは]
バッカーズ・ファンデーションとは「バックアップしていく人たち」という意味で、オーナー型経営者が集まり、社会貢献事業を行なう経営者有志の任意団体です。1994年に社団法人日本動物福祉協会を助成することからスタートし、現在は、各団体に支援金を送るだけではなく、実際に会員たちが現場へ足を運び、「明るく楽しく」を合言葉に参加する活動を行っています。現在は、55人の会員が在籍し、そのなかで複数の委員会を作り、メンバー自らが参加型で手作りの活動を行なっています。本プログラムのほか、2005年からは「バッカーズ寺子屋」という子どもたちを対象にした塾の運営も行っています。The BAR(Backers and AIT Residence Programme)シリーズでは、これまでに、アメリカ、オランダ、アフガニスタン、ブラジル、シンガポール、韓国、スリランカ、アルゼンチン、インド、モロッコ、インドネシアなどの国々から、10名のアーティストと5名のキュレーターを招聘しました。

[注3・NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]とは]
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]とはキュレーターやアート・オーガナイザー6名が、現代アートと視覚文化を考えるための場作りを目的として、2002年に設立したNPO団体です。個人や企業、財団あるいは行政と連携しながら、現代アートの複雑さや多様さ、驚きや楽しみを伝え、それらの背景にある文化について話し合う場を、さまざまなプログラムをとおして創り出しています。AITの主なプログラムには、現代アートの学校MAD(Making Art Different)、海外からアーティストやキュレーターを招聘するアーティスト イン レジデンス プログラム、展覧会やアーティスト トークなどがあります。http://www.a-i-t.net

[作家プロフィール]
★カディム アリ Khadim Ali [アフガニスタン、1978年生]
パキスタンのクエッタ在住で両親はアフガニスタンの少数民族。パキスタンのラホール国立美術大学で伝統の細密画を学び、この技法を用いて、現代社会を映し出す作品を制作している。東京滞在中(2007)には、母国に幼い娘を残して、東京で働いているヨーロッパ出身の女性と出会い、女性が子守歌を歌うビデオ作品と、彼女との出会いから着想を得た細密画を手掛けた。アリは、福岡アジア美術館のAIRプログラムで来日した経験もあるほか、オーストラリアのアジアパシフィック現代美術トリエンナーレ、現在開催中のドクメンタ13(ドイツ・カッセル)にも出品。新作はドクメンタ13出品作に連なる細密画を予定。

★ムナム アパン Minam Apang [インド、1980年生]
インドのバンガロール在住。ムンバイの美術学校で修士号を取得。無意識や偶然性にまかせて手を動かすことで生まれる幻想的な世界を、紙や糸を使い、小さいながらも緻密なドローイングで描きだす。
そこに映し出されるのは、アパンの出身地であるインド北東の部族が口頭伝承で語り継いできた物語である。アパンは、そうした物語を文字や符号、シルエットの数々に置き換えることで、物語の意味や情景を幾通りにも紡いでいく。東京滞在中(2009)には、丁寧に描き込まれたドローイングを折り曲げたり立てたりすることで平面的表現を立体作品へと展開させた作品を制作。新作はドローイングを予定。


★フロレンシア ロドリゲス ヒレス Florencia Rodrigues Giles [アルゼンチン、1978年生]
アルゼンチンのブエノスアイレス在住。ブエノスアイレス美術大学で学ぶ。演劇の一場面のような舞台や小道具、衣装等を描き、あるいはインスタレーションし、日本の能からギリシャ劇まで、さまざまな神話的表象、物語世界の断片が混ぜ合わされた幻想的な世界観を投影する。東京滞在中(2009)には、そのような神話的イメージに日本の印象を織り交ぜたドローイングを制作。新作は舞台装置と衣装を組み合わせたインスタレーションを制作予定。


★デュート ハルドーノ Duto Hardono [インドネシア、1985年生]
インドネシアのバンドゥン在住。バンドゥン工科大学美術・デザイン学科で学ぶ。ユーモアやウイットに富むサウンドインスタレーション、ドローイング、コラージュ等、多彩な作品を制作。実際に音を聴かせるもの、あるいは音をイメージさせるものの双方がある。東京滞在中(2007)は、東京に溢れる音や、話し声などを無作為に録音したサウンドインスタレーションや、滞在中に収集した物を貼り合わせたコラージュを制作。新作は1カ月間毎日東京へ投函するポストカードによるコンセプチュアルな作品の予定。

★プラディープ ミシュラ Pradeep Mishra [インド、1977年生]
インドのムンバイ在住。ムンバイの美術学校で修士号を取得。東京滞在中(2010)には、動物園で遭遇したさまざまな動物や博物館に展示された剥製の動物などをモチーフにした絵画を制作。動物・植物・人物などをモチーフに鮮烈な色彩で描かれた具象絵画は、常に他者のために尽くし、命を繋いでゆくものたちの姿を描き、時には植物や土などの生の素材もあわせて展示される。それらを通して「生」のさまざまな姿への想いを作品化している。新作は旗の形をした屋外インスタレーションを予定。

★ドナ オン Donna Ong [シンガポール、1978年生]
シンガポール在住。ロンドンのゴールドスミス カレッジで学ぶ。シンガポールビエンナーレ(2006)、モスクワビエンナーレ(2007)などに出品。神話や聖書等の物語世界にモチーフを見出し、インスタレーションや映像作品を制作する。東京滞在中(2008)、オンは、ドールハウス用の小さな食器や家具を集め、それらを黒やグレー、銀色に着色して組み合わせた人形の家のようなインスタレーション「秘めたる、静かなる場所で」を制作した。新作は、同じく滞在中に興味を引かれた日本とアメリカの友好のシンボルであった「フレンドシップ・ドール」(1927年に日米間で贈答された)をモチーフに、西洋と日本の人形が2体登場する映像作品「出会い」を展示予定。静粛な映像のなかの人形は、おもちゃとしての無邪気さも残しつつも、魂が宿るものとしての不気味さを醸し出す。

★チアゴ ホシャ ピッタ Thiago Rocha Pitta [ブラジル、1980年生]
ブラジルのサンパウロ在住。シンガポールビエンナーレ(2006)、サンパウロビエンナーレ(2012)などに出品。東京滞在中(2008)には、都市を構成する建築のシンプルな形状に心引かれ、建築の無機的な要素と、有機的な塩の結晶を融合させたドローイングやインスタレーションを制作した。ピッタは、自然界あるいは人工世界に見出しうる変化・風化・流動等の物理的現象に着目し(塩の結晶は、自然界の変化の象徴としてしばしば使用する素材)、インスタレーションや映像作品へと結実させる思索的な作風が特色。新作は布とセメントを使ったインスタレーションを東京で制作の予定。

★シャギニ ラトナウラン Syagini Ratnawulan [インドネシア、1979年生]
インドネシアのバンドゥン在住。ロンドンのゴールドスミス カレッジで学ぶ。「アンダー・コンストラクション アジア美術の新世代」展(東京オペラシティアートギャラリー、国際交流基金フォーラム、2002)に出品。東京滞在中(2011)には、「夢と現実」をテーマに、滞在中に見つけた古い家具やタイプライター、クッションなどを使用し、静謐だが暗示に富むインスタレーション、写真、ドローイングを制作。そのうち、写真作品「L.S.」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐(The Last Supper)」をモチーフに、作品と同じ位置に並ぶ人物像を白いベールで包み、秘めたる歴史や時間を表現した。新作はドローイングを予定。

★エリカ ヴェルズッティ Erika Verzutti [ブラジル、1971年生]
ブラジルのサンパウロ在住。ロンドンのゴールドスミス カレッジで学ぶ。東京都現代美術館の「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」展(2008)にも出品。ブロンズや粘土、セメント、紙とともに、本物あるいはフェイクの野菜や果物、既製品など、さまざまな素材を自由に組み合わせ、自由自在で有機的なイメージを持つ彫刻や絵画を制作する。東京滞在中(2010)には、フェルトペンを使ったドローイングとコンクリートによる彫刻を制作。新作は彫刻の予定。

★メアリー=エリザベス ヤーボロー Mary - Elizabeth Yarbrough [アメリカ、1978年生]
サンフランシスコ在住。サンフランシスコのカリフォルニア カレッジ オブ アーツで修士号を取得。テレビやインターネット等のメディアからポップカルチャーのイメージを取り出し、さまざまな色のテープを細かく切り貼りする手法で緻密な平面作品を手掛けている。彼女は、東京滞在中(2007)、日本のカラオケと演歌の文化に関心を寄せた。例えば、日本以外の国々のカラオケは、見知らぬ人々の前で歌を披露するのに対して、日本では小部屋で友人たちと歌を楽しむということ。そして、美空ひばりの歌やファッション、舞台で歌う独特の姿などにも興味を抱く。それらが東京での作品制作の出発点となり、日本のカラオケ文化を題材とした平面・立体作品が制作された。新作は平面作品の予定。


全文提供:特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ/原美術館
会期:2012年8月28日(火)~2012年11月18日(日)
時間:11:00-17:00 (水曜は20:00 まで/入館は閉館時刻の30分前まで)
休日:月 (祝日にあたる 9 月 17 日、10 月 8 日開館)、9 月 18 日、10 月 9 日
会場:原美術館
最終更新 2012年 8月 28日
 

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