影に吠える |
Reviews |
Written by Maho TANAKA |
Published: August 03 2012 |
There are no translations available. 「月に吠える」ではなく、「影に吠える」。遠く手の届かないものではなく、あくまで身近な、例えば自分自身の影から出発しているような、率直な発露。そして「影」という言葉からは想像もつかないほど、四者四様の色鮮やかな画面が並ぶ。 秋山の作品は、陶器や壁紙から引用した模様を組み合わせて描かれているという。和風の植物文様や幾何学的パターンが様々な形の断片となって、パッチワークのようにひとつの画面に同居する。また別の絵では、パッチワーク状の色面を下の層にして、その上に人や鳥獣などのモチーフによる物語絵風の図柄が、オーガンジーのように重ねて描かれている。これらの模様が、壺のモチーフとだまし絵的に組み合わされているものもあり、絵画と工芸の間を縫うような感覚がある。輪郭線の処理や筆致は、マティスやマグリットのそれを思わせながらも、対比的効果にも統一感のある塗りのどちらにも敢えて属さないような斬新さが感じられた。 伊藤は、爆発するような色彩のきらめきの中に女の子の像を描いている。女の子のシルエットはよく見ないとそれとわからないほど、少ない筆でおぼろに描かれているが、かといって周囲の閃光に混ざり合うこともない、絶妙な領域を保っている。少女からほとばしるエネルギーと共に、自らの輪郭を確定する以前の、揺れ動くあどけないアイデンティティをも示しているのだろうか。 北欧での滞在体験をもとに描かれた問谷の作品では、けぶる色彩がその土地の独特の雰囲気を醸し出している。ぼんやりとした色の海の中には具象的なモチーフの片鱗が窺えない。しかし、観る者に訴えるような動きが感じられ、具象モチーフを残したロベール・ドローネーの作品の運動性が喚起された。それは、問谷が北欧の気候の移ろいを注意深く感じ取り、そのダイナミクスを作品に反映したためかもしれない。 カンヴァスの側面まで丁寧に塗られ、ひとつひとつの「もの」としての印象が強い村岡の作品からは、何よりも絵の具という素材そのものに対する愛着が感じられる。一見すると黒い地に浮かぶカラフルな点描や、平坦に塗られたグリッドのパターンであるが、近づくとその絵の具への繊細な感性に気づかされる。様々な原色の上から黒を塗り、塗り残しによってカラフルな色彩をのぞかせ、更に黒い層の上にも原色を点じる。また、緑と青を薄く塗り重ねたポリフィニックな色の層を切り分ける黒いグリッド線の所々に、厚めに絵の具を置く。その絵の具の溜りには、黒ときらめく朱が微妙に混じりながら、対比的に強め合っている。こうした重層的に塗られた絵の具が響きあうことで、観る人によって様々な風景や事物が連想されるだろう。 「一犬影に吠えれば、百犬声に吠える」という諺があるが、彼女たちの作品の場合、影に怯える犬とは違うようだ。むしろ自分自身の感覚に真摯に向き合うことで生まれた新鮮な色彩が共鳴し、増幅していくという意味での、「影に吠える」なのではないかと感じられた。 参照展覧会 影に吠える 会期:2012年6月16日(土) -7月14日(土) 会場:AI KOWADA GALLERY |
Last Updated on October 20 2015 |