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中居真理:すみっこにみつける-いつも近くにある世界
レビュー
執筆: 安河内 宏法   
公開日: 2011年 11月 11日

中居真理の作品を見るのは、これで4度目となる。大阪・天満橋にあるARTCOURT Galleryで《Stripe》[fig.1]を目にしたのが、4年前のことだった。それから今回の個展「すみっこにみつける-いつも近くにある世界:中居真理展」註1まで、中居は一貫してパターンシリーズを発表してきた。また展覧会活動とあわせて、パターンシリーズに関連したワークショップ「ぺったんこにみる」も定期的に開催してきた註2

今回の個展は、そうした中居の活動の集大成と言うべきもののように思えた。

[fig.1] 中居真理《Stripe》(ARTCOURT Gallery、2008年)| 撮影:シュヴァーブ・トム | Courtesy of the artist

[fig.2] 中居真理《gingham check》(京都芸術センター、2009年)| Courtesy of the artist

[fig.3] 中居真理《gingham check》部分(京都芸術センター、2009年)| 撮影:シュヴァーブ・トム | Courtesy of the artist

[fig.4] 中居真理《Stripe》部分 (ARTCOURT Gallery、2008年)| 撮影:シュヴァーブ・トム | Courtesy of the artist

[fig.5]《gingham check》を構成する写真 | Courtesy of the artist

[fig.6] 中居真理「すみっこにみつける」展展示風景(Gallery PARC、2011年)| 撮影:成田舞 | Courtesy of the artist

[fig.7]中居真理「すみっこにみつける」展展示風景
(Gallery PARC、2011年)
撮影:成田舞
Courtesy of the artist

[fig.8] 中居真理「すみっこにみつける」展展示風景(Gallery PARC、2011年)| 撮影:成田舞 | Courtesy of the artist

[fig.9] Courtesy of the artist

そもそも中居のパターンシリーズは、1枚1枚独立した写真を複数枚組み合わせることでパターン(模様)を作り出すものだ。それは、前述の《Stripe》と《gingham check》[fig.2,3]とに大別される。

《Stripe》は横断歩道の写真[fig.4]を組み合わせることでストライプ模様を作り出す。一方の《gingham check》は、建物の「すみっこ」※註3などを撮影した写真[fig.5]を組み合わせることで、ギンガムチェック模様を浮かび上がらせる。どちらの作品でも「何か」を写した具象的な写真が集められ、抽象的なパターンへと鮮やかに転化される。

もっともパターンシリーズは、単に具象を抽象へと変容させるだけの作品ではない。むしろ、相互に関係した以下のふたつの点こそが、パターンシリーズの独自性をつくりだしている。

ひとつめは、鑑賞者との距離によって見え方を変える点。パターンシリーズは作品全体としては抽象であっても、細部には具象的な写真がそのままのかたちで残されている。そのため、離れて作品全体を見れば抽象、近づいて細部を見れば具象という風に、作品は鑑賞者との距離にあわせて具象と抽象を行き来することになる。

ふたつめは、現実とのつながりをもっている点。パターンシリーズに用いられている写真は、アーティスティックな写真というよりも、記録写真に近い。そのため鑑賞者は、中居が記録した横断歩道や「すみっこ」と、鑑賞者自身が日常的に目にするそれらとを交換可能なものとして見る。言い換えれば、鑑賞者は作品で用いられている横断歩道や「すみっこ」の写真を、現実のそれらと等価なものとして結びつけ、そのことをきっかけとして、現実の横断歩道や「すみっこ」を作品の潜在的な素材と見るようになるのだ。

これらふたつの点において、パターンシリーズを単に具象を抽象へと変容させる作品だと呼ぶことはできない。それは、作品それ自体で完結していない。鑑賞者が作品との距離を変えれば、見え方を変える。そしてしっかりとした現実とのつながりを持っているがゆえに、鑑賞者が現実へとむける「まなざし」を変えてくれもする。日常的に見かける対象であっても、組み合わせ方次第で印象的な模様になることを、そして中居が提示した模様がいかに鮮烈であろうとも、それを構成する個々の素材自体は身近な日常に潜在していることを、教えてくれるのである。

こうした作品を制作してきた中居が、展覧会活動と並行してワークショップを開催するようになったことは自然のなりゆきだっただろう。 中居が2009年から断続的に開催している「ぺったんこにみる」と題されたワークショップは、《gingham check》で中居が提示したような「すみっこ」を探すものだ。街中を歩きながら「すみっこ」を探す参加者たちは、作品に用いられているものと同等の「すみっこ」が身の回りにあふれていることを実感することになる。

さて冒頭に記したとおり、今回の「すみっこにみつける」展は、中居のこうした活動の集大成となっているように思えた。なぜなら、《gingham check》が出品された本展註4においては、従来とは異なった展示方法が取られることにより、パターンシリーズの独自性がこれまで以上にはっきりと示されていたからである。以下ではこの点について、本展の特徴的な展示方法をふたつ取り上げ、説明しよう。

ひとつめは、作品を分散し展示していたことである[fig.6-8]。中居はこれまで《gingham check》を京都芸術センターで開催された「now here, nowhere」展と2010年に大阪・肥後橋のAD&Aギャラリーで開催された「patterns」展に出品し、いずれにおいても、ひとつの壁面にまとまりをもつように展示していた。しかし、本展では初めて分散し展示したのである。

   そうした展示方法を取ることによって、《gingham check》が持つ特徴のひとつは、これまで以上に強く現れていた。その特徴とは、先に指摘した「中居が提示した模様がいかに鮮烈であろうとも、それを構成する個々の素材自体は身近な日常に潜在していることを教えてくれる」というものである。

むろんその特徴は、これまでの展示でも充分に感じ取ることのできるものだった。作品として提示されている「すみっこ」は前述のとおり、記録写真のように撮影されている。だから鑑賞者は、それがギャラリーの外のそこかしこにある現実の「すみっこ」と何ら変わりのないものだとすぐに気づく。そうした気づきによって、鑑賞者の現実の見方は変わり、現実の「すみっこ」を模様の潜在的な素材として見るようになる。《gingham check》は、従来の展示においてもこのような鑑賞を促す作品であった。

しかし本展では、いま述べたような作品の「すみっこ」と現実の「すみっこ」との等価性や、現実の「すみっこ」と模様との想像上の結びつきが、これまで以上に強く感じられるようになっていた。
   作品の「すみっこ」と現実の「すみっこ」は、従来の展示においては鑑賞者の頭の中で結びついていた。ひとつの壁面にまとまりをもつかたちで展示されている場合、鑑賞者は、作品の中に現実の「すみっこ」を見ることはない。

しかし本展で鑑賞者は、作品同士の間に、もしくは作品のすぐそばに、現実の「すみっこ」を見ることとなった。壁が床や天井とつくる「すみっこ」、テーブルと床がつくる「すみっこ」、あるいは窓の外の繁華街の中にある「すみっこ」。作品が会場全体に分散されているために、作品を見ようと歩みを進めると、不可避的にそれらは目に入ってきた。すなわちそこでは、両者の等価性が視覚的に確認できる状況が生まれていたのである。そしてその状況は同時に、作品の「すみっこ」と同じく、現実の「すみっこ」もまた鮮やかな模様になりえるのだという可能性をこれまで以上に強く感じさせるものだった。

ところで本展の展示には、もうひとつ特徴があった。それは作品の一部が、鑑賞者によって自由に模様を組みかえることができるようになっていた点である。こうした展示もまた、本展において初めて行われた試みである。

そもそも《gingham check》は、「すみっこ」の写真をプリントしたタイル16枚を箱の上に磁石でつけたものを1ユニットとし、そのユニットを複数組み合わせることで成立している。そのためユニットの組み合わせ方とユニット内でのタイルの組み合わせ方のふたつの点で可変性を持っている。本展ではそのうち、タイルの組み合わせを鑑賞者が操作することができる作品が展示されていた[fig.9]。

パターンシリーズが鑑賞者との距離によって見え方を変えることはすでに指摘したとおりである。しかし本展では、単に作品の見え方が変えるだけでなく、鑑賞者の作品に対する自由度はより高められている。そこでは、アーティストが作った作品を一方的に鑑賞するというオーソドックスな図式は崩され、アーティスト、作品、鑑賞者が新たな関係性をかたちづくっている註5

この点については、中居のワークショップを思い出してもいいだろう。ワークショップでは、例えば木の棒を3本並べて「すみっこ」を構成する線に見立てるなど、「すみっこ」が参加者たちによって様々に拡大解釈され、多様な「すみっこ」が撮影されているのだった。

中居が作った「場」で、鑑賞者が自由に遊ぶ。本展の一部の作品や中居のワークショップがかたちづくる関係性とは、そのようなものである。《gingham check》は現実の「すみっこ」を撮影し模様をつくりだしている時点ですでに遊戯的であったのだが、本展ではさらにそこから先へ進み、中居の「遊び」に鑑賞者も参加できるようになっていたのである。

さて、ここまで本展の際立った特徴をふたつ、素描してきた。これらの特徴をもつ本展を中居の活動の集大成と見るのは、すでに記したように本展においてはパターンシリーズの独自性がこれまで以上にはっきりと示されていたからである。そこでは、パターンシリーズに内在していた可能性が十全に発揮されていたとも言ってよいだろう。

もっとも、こうした考えには異論があるかもしれない。本展においてはかつての展覧会のように作品がひとまとめに展示されていたわけではないから、「すみっこ」がかたちづくる模様の広がりは、従来の展示に比べると小さくなっていた。例えば京都芸術センターでは縦5列横20列、合計100個のユニットがひとつの壁に展示されており、視野全体に広がる色鮮やかなギンガムチェック模様は鮮烈な視覚体験を与えてくれた。一方、本展にはそれほどまでに鮮烈な視覚体験はなかった。だから、パターンシリーズの本質を模様の広がりや鮮やかさに見るのであれば、本展の展示は物足りないものだったのかもしれない。

それはどちらかが正しく、どちらかが間違っているという話ではない。中居の作品が持つ特徴のうち、どれを本質と見るのか、その見方が異なっているだけだ。

ただ、最後に強調しておきたいのは、作品の本質を模様の鮮烈さに見ようとも、あるいは本レビューがそうしたように現実とのつながりに見ようとも、中居の作品はどちらの見方も許容するものとして成立している点である。
ちょうど、「すみっこ」がただの「すみっこ」であると同時に壮麗な模様の素材であるように、あるいは作品が具象であったり抽象であったりするのと同じように、中居の作品は、ひとつの本質へと還元できるものではない。それは、現実とのつながりをしっかりと保っていると同時に、非現実的な鮮やかさでもって模様をつくりだすものでもありえる、という両義性を備えている。中居の作品は、そうした点においても、鑑賞者の自由を優しく受け入れてくれるのである。


脚注

中居真理ホームページ http://www.nakaimari.com/

※註1
本展は、京都初の国際舞台芸術フェスティバル「KYOTO EXPERIMENT」の関連企画として開催された。展覧会の概要は以下のとおり。
「すみっこにみつける-いつも近くにある世界:中居真理展」
会期:9月23日(金・祝)-10月11日(火)
会場:Gallery PARC (http://www.grandmarble.com/parc/index.html)
主催:京都国際舞台芸術祭実行委員会(http://kyoto-ex.jp/)
協力:大塚オーミ陶業株式会社、Gallery PARC

※註2
「ぺったんこにみる」というワークショップは、福岡のプロジェクトグループdonner le mot(http://donnerlemot.com/)と共同で開発された。2009年からはじめられたこのワークショップは、これまで福岡、大阪、京都で7回開催されている。本展会期中にも、「ぺったんこにみるごこまち」が開催された。ワークショップは、参加者のそれぞれが街中を歩き回り「すみっこ」を探し、気に入った「すみっこ」が見つかれば、携帯電話のカメラで撮影するというもの。参加者たちが、嬉しそうな顔をしながら「すみっこ」を探し回る様子は、まるで宝探しをしているようである。
詳細は上記ドネルモのホームページ内の、ワークショップの報告ページ(http://donnerlemot.com/2011/08/20000907.html)を参照のこと。

※註3
ここでいう「すみっこ」とは、建物の床面とそれに隣接する2枚の壁からなる部分のこと。中居は、基本的に床面及び壁面2枚がつくる3本の線の交点が写真の中央に来るように撮影し、作品に採用している。直方体の投影図を思い起こせば理解できるように、「すみっこ」はもっとも容易に立体感を示す部分である。しかし中居はそれを立体感の表現のために用いるのではない。「すみっこ」を反復させることで、それらは平面的な幾何学模様を構成する。このような立体の平面への転化も、中居の《gingham check》の特徴である。

※註4
本展の出品作品は、展示場所及び作品の形状に従って、次の4つに分けられる。①長机の上に置かれたもの、②柱や壁にかけられたもの、③畳の上に置かれたもの、④壁に貼り付けられたものの4つである。④以外の3つはいずれも2009年に制作されたものであり、④のみ今回の展覧会のために制作された。本文中後述しているとおり、2009年に制作された作品は、いずれも「すみっこ」を撮影した写真をタイルにプリントしたものだが、新作として制作された作品はタイルに直接「すみっこ」が焼き付けられている。また④は①から③に比べ、タイルのサイズも大きい。

※註5
山内泰は、こうした関係性を京都芸術センターでの展示の時点で読み取っている(「ささやかな仕掛け-中居真理の“gingham check”」http://donnerlemot.com/2010/02/02000478.html )。山内はここで中居の作品を「仕掛け」と捉え、中居の「仕掛け」を創造的なコミュニケーションを誘発するものと見ている。


参照展覧会

「中居真理:すみっこにみつける-いつも近くにある世界」
会場: Gallery PARC
期間: 2011年9月23日(金・祝)-2011年10月11日(火)

最終更新 2015年 11月 01日
 

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