中居真理:すみっこにみつける-いつも近くにある世界 |
レビュー |
執筆: 安河内 宏法 |
公開日: 2011年 11月 11日 |
中居真理の作品を見るのは、これで4度目となる。大阪・天満橋にあるARTCOURT Galleryで《Stripe》[fig.1]を目にしたのが、4年前のことだった。それから今回の個展「すみっこにみつける-いつも近くにある世界:中居真理展」註1まで、中居は一貫してパターンシリーズを発表してきた。また展覧会活動とあわせて、パターンシリーズに関連したワークショップ「ぺったんこにみる」も定期的に開催してきた註2。 今回の個展は、そうした中居の活動の集大成と言うべきもののように思えた。 そもそも中居のパターンシリーズは、1枚1枚独立した写真を複数枚組み合わせることでパターン(模様)を作り出すものだ。それは、前述の《Stripe》と《gingham check》[fig.2,3]とに大別される。 《Stripe》は横断歩道の写真[fig.4]を組み合わせることでストライプ模様を作り出す。一方の《gingham check》は、建物の「すみっこ」※註3などを撮影した写真[fig.5]を組み合わせることで、ギンガムチェック模様を浮かび上がらせる。どちらの作品でも「何か」を写した具象的な写真が集められ、抽象的なパターンへと鮮やかに転化される。 もっともパターンシリーズは、単に具象を抽象へと変容させるだけの作品ではない。むしろ、相互に関係した以下のふたつの点こそが、パターンシリーズの独自性をつくりだしている。 ひとつめは、鑑賞者との距離によって見え方を変える点。パターンシリーズは作品全体としては抽象であっても、細部には具象的な写真がそのままのかたちで残されている。そのため、離れて作品全体を見れば抽象、近づいて細部を見れば具象という風に、作品は鑑賞者との距離にあわせて具象と抽象を行き来することになる。 ふたつめは、現実とのつながりをもっている点。パターンシリーズに用いられている写真は、アーティスティックな写真というよりも、記録写真に近い。そのため鑑賞者は、中居が記録した横断歩道や「すみっこ」と、鑑賞者自身が日常的に目にするそれらとを交換可能なものとして見る。言い換えれば、鑑賞者は作品で用いられている横断歩道や「すみっこ」の写真を、現実のそれらと等価なものとして結びつけ、そのことをきっかけとして、現実の横断歩道や「すみっこ」を作品の潜在的な素材と見るようになるのだ。 これらふたつの点において、パターンシリーズを単に具象を抽象へと変容させる作品だと呼ぶことはできない。それは、作品それ自体で完結していない。鑑賞者が作品との距離を変えれば、見え方を変える。そしてしっかりとした現実とのつながりを持っているがゆえに、鑑賞者が現実へとむける「まなざし」を変えてくれもする。日常的に見かける対象であっても、組み合わせ方次第で印象的な模様になることを、そして中居が提示した模様がいかに鮮烈であろうとも、それを構成する個々の素材自体は身近な日常に潜在していることを、教えてくれるのである。 こうした作品を制作してきた中居が、展覧会活動と並行してワークショップを開催するようになったことは自然のなりゆきだっただろう。 中居が2009年から断続的に開催している「ぺったんこにみる」と題されたワークショップは、《gingham check》で中居が提示したような「すみっこ」を探すものだ。街中を歩きながら「すみっこ」を探す参加者たちは、作品に用いられているものと同等の「すみっこ」が身の回りにあふれていることを実感することになる。 さて冒頭に記したとおり、今回の「すみっこにみつける」展は、中居のこうした活動の集大成となっているように思えた。なぜなら、《gingham check》が出品された本展註4においては、従来とは異なった展示方法が取られることにより、パターンシリーズの独自性がこれまで以上にはっきりと示されていたからである。以下ではこの点について、本展の特徴的な展示方法をふたつ取り上げ、説明しよう。 ひとつめは、作品を分散し展示していたことである[fig.6-8]。中居はこれまで《gingham check》を京都芸術センターで開催された「now here, nowhere」展と2010年に大阪・肥後橋のAD&Aギャラリーで開催された「patterns」展に出品し、いずれにおいても、ひとつの壁面にまとまりをもつように展示していた。しかし、本展では初めて分散し展示したのである。 そうした展示方法を取ることによって、《gingham check》が持つ特徴のひとつは、これまで以上に強く現れていた。その特徴とは、先に指摘した「中居が提示した模様がいかに鮮烈であろうとも、それを構成する個々の素材自体は身近な日常に潜在していることを教えてくれる」というものである。 むろんその特徴は、これまでの展示でも充分に感じ取ることのできるものだった。作品として提示されている「すみっこ」は前述のとおり、記録写真のように撮影されている。だから鑑賞者は、それがギャラリーの外のそこかしこにある現実の「すみっこ」と何ら変わりのないものだとすぐに気づく。そうした気づきによって、鑑賞者の現実の見方は変わり、現実の「すみっこ」を模様の潜在的な素材として見るようになる。《gingham check》は、従来の展示においてもこのような鑑賞を促す作品であった。 しかし本展では、いま述べたような作品の「すみっこ」と現実の「すみっこ」との等価性や、現実の「すみっこ」と模様との想像上の結びつきが、これまで以上に強く感じられるようになっていた。 しかし本展で鑑賞者は、作品同士の間に、もしくは作品のすぐそばに、現実の「すみっこ」を見ることとなった。壁が床や天井とつくる「すみっこ」、テーブルと床がつくる「すみっこ」、あるいは窓の外の繁華街の中にある「すみっこ」。作品が会場全体に分散されているために、作品を見ようと歩みを進めると、不可避的にそれらは目に入ってきた。すなわちそこでは、両者の等価性が視覚的に確認できる状況が生まれていたのである。そしてその状況は同時に、作品の「すみっこ」と同じく、現実の「すみっこ」もまた鮮やかな模様になりえるのだという可能性をこれまで以上に強く感じさせるものだった。 ところで本展の展示には、もうひとつ特徴があった。それは作品の一部が、鑑賞者によって自由に模様を組みかえることができるようになっていた点である。こうした展示もまた、本展において初めて行われた試みである。 そもそも《gingham check》は、「すみっこ」の写真をプリントしたタイル16枚を箱の上に磁石でつけたものを1ユニットとし、そのユニットを複数組み合わせることで成立している。そのためユニットの組み合わせ方とユニット内でのタイルの組み合わせ方のふたつの点で可変性を持っている。本展ではそのうち、タイルの組み合わせを鑑賞者が操作することができる作品が展示されていた[fig.9]。 パターンシリーズが鑑賞者との距離によって見え方を変えることはすでに指摘したとおりである。しかし本展では、単に作品の見え方が変えるだけでなく、鑑賞者の作品に対する自由度はより高められている。そこでは、アーティストが作った作品を一方的に鑑賞するというオーソドックスな図式は崩され、アーティスト、作品、鑑賞者が新たな関係性をかたちづくっている註5。 この点については、中居のワークショップを思い出してもいいだろう。ワークショップでは、例えば木の棒を3本並べて「すみっこ」を構成する線に見立てるなど、「すみっこ」が参加者たちによって様々に拡大解釈され、多様な「すみっこ」が撮影されているのだった。 中居が作った「場」で、鑑賞者が自由に遊ぶ。本展の一部の作品や中居のワークショップがかたちづくる関係性とは、そのようなものである。《gingham check》は現実の「すみっこ」を撮影し模様をつくりだしている時点ですでに遊戯的であったのだが、本展ではさらにそこから先へ進み、中居の「遊び」に鑑賞者も参加できるようになっていたのである。 さて、ここまで本展の際立った特徴をふたつ、素描してきた。これらの特徴をもつ本展を中居の活動の集大成と見るのは、すでに記したように本展においてはパターンシリーズの独自性がこれまで以上にはっきりと示されていたからである。そこでは、パターンシリーズに内在していた可能性が十全に発揮されていたとも言ってよいだろう。 もっとも、こうした考えには異論があるかもしれない。本展においてはかつての展覧会のように作品がひとまとめに展示されていたわけではないから、「すみっこ」がかたちづくる模様の広がりは、従来の展示に比べると小さくなっていた。例えば京都芸術センターでは縦5列横20列、合計100個のユニットがひとつの壁に展示されており、視野全体に広がる色鮮やかなギンガムチェック模様は鮮烈な視覚体験を与えてくれた。一方、本展にはそれほどまでに鮮烈な視覚体験はなかった。だから、パターンシリーズの本質を模様の広がりや鮮やかさに見るのであれば、本展の展示は物足りないものだったのかもしれない。 それはどちらかが正しく、どちらかが間違っているという話ではない。中居の作品が持つ特徴のうち、どれを本質と見るのか、その見方が異なっているだけだ。 ただ、最後に強調しておきたいのは、作品の本質を模様の鮮烈さに見ようとも、あるいは本レビューがそうしたように現実とのつながりに見ようとも、中居の作品はどちらの見方も許容するものとして成立している点である。 脚注中居真理ホームページ http://www.nakaimari.com/ ※註1 ※註2 ※註3 ※註4 ※註5 参照展覧会「中居真理:すみっこにみつける-いつも近くにある世界」 |
最終更新 2015年 11月 01日 |