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表現する葦:吉田哲也、若林砂絵子
展覧会
執筆: 記事中参照   
公開日: 2011年 10月 27日

吉田哲也《Untitled》1996年 | 針金/0.6×6.2×16.8/撮影:早川 宏一 | 画像提供:多摩美術大学美術館

若林砂絵子《Untitled》2005-2008年 | 銅版画/78.0×57.0 | 画像提供:多摩美術大学美術館

このたび多摩美術大学美術館では異色の二人の現代美術家に着目する企画展「表現する葦-吉田哲也、若林砂絵子-」を開催いたします。

吉田哲也は 1964 年生まれで、多摩美術大学彫刻科卒業、東京藝術大学大学院彫刻専攻を修了しました。在学中から独特な彫刻作品の表現世界を目指し、積極的に作品制作に取り組んでいました。その作品は、おおよそ一般的にイメージされる豪奢な彫像やモニュメントのような素材や技法ではなく、普段目にするトタン板やハンダ、針金、石膏片といったありふれたものを、折り曲げたり、接合したりという簡便な加工や設置の小さな作品がほとんどです。抽象的でミニマルアート的な作品からスタートしますが、次第にあたたかみや表情のようなものを感じ取れる優しい作品を、小さな存在に凝縮するように制作していきました。それは近代合理性の権化のような、無駄を廃して精度を上げるという機能主義とも異なるものです。むしろ中庸や隙があるという印象を含み持ちながらも、完成度の高い作品となっています。

若林砂絵子は、1972 年生まれ、多摩美術大学大学院美術研究科を修了後、渡仏しパリ国立高等装飾美術学校、パリ第 1 大学パンテオン = ソルボンヌ校造形芸術をそれぞれ卒業しました。そうした学歴よりも、早い時期から美術家たらんとする意識が高く、また意欲的に作品制作を続けました。油彩を手がけながら、渡仏後には版画や立体作品などの幅広い創作活動に果敢に挑戦し、あふれ出る作品の展開にも積極的でした。それは作品の完成度以上に、作品の生成こそが表現の真髄とばかりにストイックであり、自ら美術のあり方に、激しくそして厳しく向かい合うプロセスが感じ取れます。

この二人のアーティストは、美術家としての多くの可能性と期待を持たれましたが、残念ながら吉田哲也は 2005 年、若林砂絵子は 2008 年に急逝します。寡黙さの中に彫刻としての厳しさと鋭さをもつ吉田哲也の仕事と、意欲的で苦闘の跡が増殖的なエネルギーとして見える若林砂絵子の仕事は、制作過程と作品の傾向に異なるベクトルを持ちながら、美術に対峙する姿勢の核には、意欲的でひたむきな造形表現への追求があったと言えます。

二人とも既成の美術の枠組みや方法論にとらわれない柔軟性を有しつつ、強くたくましい信念と制作姿勢を貫き通しました。美術家としての経歴は弱々しくとも、それはまるで葦のように、しなやかさとたくましさを持ち合わせています。パスカルの「考える葦」ではありませんが、それぞれ二人の中にある美への探求は、大きく時代や社会との呼応の中で深度を深めていく現代美術の様々な取り組みにあって「表現する葦」として、アートがアートであり続けることを啓示してくれる仕事を遺したように思えます。それは傑作や巨匠という尊大な特異点ではない、まさに真摯な美術との葛藤や懐疑の確かな痕跡として、美術を学び、美術に接する我々の思考を触発する、共鳴と勇気を与えてくれる機会になると期待しています。

ともすれば夭折の物故作家に手向けるものと見られがちですが、この展覧会はそうではなく、たとえ作家は鬼籍に入ったとしても、その仕事ぶりと作品がさらなる輝きと可能性を発信し続けるための作品展となるでしょう。

吉田 哲也  Tetsuya Yoshida
吉田哲也(1964-2005)は、初期のミニマルアート的な大型作品(現存せず)から展示台にポツンとのせるような小型の彫刻へと作品を変容させるなかで、日用的な素材(トタン板、針金、石膏片など)と加工(折り曲げる、折り畳む、ハンダ付け、削りだす、接着するなど)による、中庸で寡黙な作品をつくり続けました。しかし、その作品が展示された空間が持つ何とも廃しがたい存在感が作品から拡散し、浸透していきます。それは明らかに仰々しく、居丈高に強烈な存在感を主張するモニュメントやインスタレーションとは異質の、静寂さや神聖さをも想起させる緊張感と充足感に満たされます。しかも、その存在感を発する小さな彫刻は、何気なくつくられ、置かれているようにも感じるという、アンバランスであるにもかかわらず、それをあっさりと受け入れさせる暖かみややさしさが彼の作品の絶妙なところでもあります。
そうした一見何気ないものを、すさまじい表現性で昇華させた吉田哲也自身は、「高さをもって立ち上がるもの(そして、それを見上げる)」、「深さ(密度)のある表面」、「中間的なもの」、「ズサンなもの、あるいはズサンを残したもの」という4つの要素により、彫刻的なものを捉えようとしました。

本展では、吉田哲也が 1993 年ごろから 2005 年に逝去するまでに制作された小型の作品約 40 点を展示し、普通そうで普通ではない、彼の卓越した彫刻家としての業績を広く紹介いたします。

吉田哲也 略歴
1964 年 名古屋生まれ
1988 年 多摩美術大学彫刻科卒業
1991 年 東京藝術大学大学院彫刻専攻修了
2005 年 逝去
主な個展
1990 年 ギャラリーなつか(1992 年も)
1991 年 ルナミ画廊、ギャラリー古川
1992 年 ときわ画廊(1994、1996 年も)
1993 年 西瓜糖(1994 年も)藍画廊(1995、1997、1999、2001、2005、2009 年も)
1995 年 ギャラリーα M
1999 年 GALLERY TAGA(2001 年も)
主なグループ展
1995 年 「視ることのアレゴリー 1995: 絵画・彫刻の現在」(セゾン美術館)
1996 年 「第 14 回平行芸術展 目覚めぎわの物たち」(小原流会館)
1999 年 「MOT アニュアル 1999 ひそやかなラディカリズム」(東京都現代美術館)
2010 年 「作家はつぶやく」(佐倉市立美術館)
「探索者 石井厚生退職記念展」(多摩美術大学美術館)

若林 砂絵子  Saeko Wakabayashi
若林砂絵子(1972-2008)は 2000年に渡仏し、油彩画をはじめ水彩画、立体作品、版画と多様な表現技法を試しながら精力的に制作活動を行っていました。本展では、若林が2005年から2008年に夭逝するまでに手掛けていた版画を軸にして、また立体作品と関連させながらみえてくる世界観に迫ります。若林の版画は総数 400点にのぼりますが、1点ずつが独立した作品でありながら、版の組み合わせや繰り返しによる多様性と連続性で構成された未知の作品群となっています。これらの版画は主にビュランの技法が用いられています。ビュランとは銅版に“彫る”という行為そのものであり、若林は“彫る”ことによって生じた“窪み”に空間性を見出していました。若林の版画にみられる版の重なりは、版に彫られた線“窪み”の集積の跡であり、空間性の蓄積と増殖を意味しています。それは他の立体作品との共通点を示唆しています。若林はフランスに身を置くことにより、自己をより強く意識せざるを得ない環境の中で、自己のテリトリー、他者との境界に注意が深く向けられるようになったといいます。その探求は制作において若林自身の言葉でいう「蓄積」と「増殖」によって形を表してきました。

本展は版画作品、100点を抽出して総体的にみるとともに、立体作品との関係性を浮かび上がらせ、若林の作品にみられる世界観に迫ります。若林の自己への探求の共有によって、我々みる者にも自己について強く問いかけてくることでしょう。

若林砂絵子 略歴
1972  若林奮(彫刻家)と淀井彩子(画家)の長女として東京都に生まれる
1995  多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業
1998  多摩美術大学大学院美術研究科修了
2000  渡仏
2005  パリ国立高等装飾美術学校卒業
2008  パリ第 1 大学パンテオン=ソルボンヌ校造形芸術卒業
         12月2日パリにて急逝
個展
1996  6月10日~15日 「若林砂絵子展」ギャラリー 21 +葉アネックス(東京)
1998  4月6日~11日 「若林砂絵子展」ギャラリー 21 +葉(東京)
1999  5月31日~6月5日 「若林砂絵子展」ギャラリー 21 +葉アネックス(東京)
2000  4月22日~27日 「若林砂絵子展」ギャラリー・ブロッケン(東京)
         6月5日~10日 「若林砂絵子展」ギャラリー 21 +葉(東京)
2001  8月6日~11日 「若林砂絵子展」空想・ガレリア(東京)
2007  11月29日~12月8日「若林砂絵子 インスタレーション」国際芸術都市ギャラリー 7(パリ / フランス)
2008  4月1日~30日 「若林砂絵子展」ラ・シェイズ・ルージュ(パリ / フランス)
         3月1日~9日 「若林砂絵子展 紙の仕事」ギャラリー・ブロッケン(東京)
2009  2月6日~28日 「若林砂絵子展 版画、タブロー、オブジェ」国際芸術都市ギャラリー 7(パリ / フランス)
                            ※「国際芸術都市 スタジオ合同展 彫刻 - シルクスクリーン - リトグラフ」内での個展
         6月18日~27日 「若林砂絵子展」みゆき画廊(東京)
         11月14日~29日 「若林砂絵子遺作展 未完の輝き」ギャラリー・TOM(東京)
グループ展
1995  6月27日~7月9日 「ザ・ライブラリー 1995 - ブックオブジェ展 -」ギャラリー・アート・スペース(東京)
         7月14日~30日 「ザ・ライブラリー 1995 - ブックオブジェ展 -」ギャラリー・そわか(京都)
         11月20日~25日 「坪井亜紀子・若林砂絵子展」ギャラリー 375(東京)
2000  3月2日~8日 「第 7 回 日仏会館ポスター原画コンクール展」日仏会館(東京)
         8月24日~9月2日 「自慢・満足- V 再び、[ 美術を楽しむ ] ために」ギャラリー 21 +葉(東京)
2001  7月2日~10日 「自慢・満足- VII 続 [ 誰でもピカソ?とんでもない! ]」ギャラリー 21 +葉(東京)
         8月25日~9月8日 「いのち・色・形 2001」ギャラリー・ブロッケン(東京)
2002  9月6日~28日 「水のある風景 - 作品の主題」国立造形美術センター(アンギャン・レ・バン / フランス)
2003  4月25日~5月1日 「ラ・フランシリエンヌ・デザール:第 3 回若い才能(ノゼ市美術展)」(ノゼ / フランス)
         7月2日~11日 「自慢・満足- VIII まだまだ [ 誰でもピカソ?とんでもない! ]」ギャラリー 21 +葉(東京)
2004  11月22日~27日 「パリ国立高等装飾美術学校 卒業制作選抜展」パリ 5 区区役所(パリ / フランス)
         10月~11月 「第 5 回 国際モザイクコンクール(ピカシエットコンクール)」(シャルトル / フランス)
2005  12月1日~15日 「東京-バルセロナ現代アート展」センター・シヴィック・パティ・リモーナ(バルセロナ / フランス)
2007  8月2日~11日 「アトリエ・コントルポワン・コレクション展」ギャラリー・ツバキ(パリ / フランス)
         8月14日~25日 「ザ・ライブラリー 2007 - ブックオブジェ展 -」トキ・アート・スペース(東京)
2008  6月21日・22日 「コレスポンダンス・カダブレスキ カミーユ・ブーと若林砂絵子」エスパス・シー・コント(パリ / フランス)
         8月9日~17日 「ザ・ライブラリー 2008 - ブックオブジェ展 -」ギャラリーはねうさぎ(京都)
         12月20日~28日 「第 7 回中日友好交流展」湖北美術学院美術館(武漢 / 中国)
2009  5月22日~30日 「若林砂絵子・淀井彩子展」ギャラリー・イン・ザ・ブルー(栃木)
         12月4日~27日 「キズナ 若林奮・淀井彩子・若林砂絵子・夏欧」ギャラリー・TOM(東京)
2010  4月21日~5月30日 「PLATFORM2010 寺田真由美ー不在の部屋/若林砂絵子ー平面の空間」練馬区立美術館(東京)
         12月4 日~12月26日「本はいのちの水だからー Livers Objets ー」ギャラリー・TOM(東京)
受賞歴
2000  「第 7 回日仏会館ポスター原画コンクール展」佳作受賞
        日仏会館講演会ポスターのためにシルクスクリーン版画 2 点を制作
2003  「ラ・フランシリエンヌ・デザール:第 3 回 若い才能(ノゼ市美術館展)」絵画賞受賞
2004  コジェディム賞 2004 受賞(パリ / フランス)
         ※受賞に伴いパリ市 5 区の新築マンション内アートスペースにセメント製レリーフ作品設置
レジデンス
2006  コロニア・サン・ジョルディ(マヨルカ / スペイン)
2007-2009  国際芸術都市(パリ / フランス)
所蔵
パリ国立図書館 版画部(パリ/フランス)
国際芸術都市(パリ/フランス)
練馬区立美術館(東京)
神奈川県立近代美術館(神奈川)

*全文提供:多摩美術大学美術館


会期: 2011年10月29日(土)―2011年12月4日(日)
会場: 多摩美術大学美術館

最終更新 2011年 10月 29日
 

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