| EN |

小倉涌 展
展覧会
執筆: 記事中参照   
公開日: 2011年 7月 29日

画像提供:Oギャラリーeyes | Copyright© Yow Ogura/O Gallery eyes

「歴史画」
美術においてはかつて「歴史画」をその頂点にした「ジャンル」のヒエラルキーが存在していた。やがて第2次大戦以降に徐々に美術のジャンルというものは廃れてゆき、コンテンポラリー・アートでの様々な表現が成立するようになってきた、と、私は理解している。そんな中で、現代史の「歴史画」をすることで、私はジャンルをまた持ち込むことになるのだ。そしてこうした事がアートにおいてどういう意味や意義を今後紡ぎ出すものなのか、自分でも未だよく分かっていない。また、ジャンルと言っても、おそらく私の後に続く人は無いだろう。私1人がやるだけになるだろう。

私は、幼少期から親によくヨーロッパの美術館展に連れて行ってもらって、古典絵画に対する馴染みがずっとあったのだが、2006年からテンペラ油彩の混合によるオーソドックスな古典画法を独学で学んだ。 こうした技法の問題に加えて、私は以前から政治思想史、社会学、法社会学,法哲学といった分野に関心を持っており、本を読んだりレクチャーに通ったりしていたのだが、その興味の方向性と絵画の技法とが併さったところに、私には「歴史画」というものが現れたのだった。

「マッカーサー」
今回、マッカーサーと昭和天皇らを、私はいたいけな美少年の姿で表している。この子らは、市民の熱狂と祈りとを、小さな体に一身に背負っている…。

かつて占領時代、マッカーサー宛に推定約50万通の手紙が日本人から送られたという。実に当時の人口の130人に1人が手紙を送った計算らしい。その多数がマッカーサーに好意的で、賛辞や祝辞もあった。そして神格化した肖像画を描いて贈った者も少なくなかったという。そうした、日本人の祈りの欲望の対象としての天皇とマッカーサーの像を、現代風の・現代の日本人が欲望する、美少年の姿に表現した。

そして、祈りや熱狂の裏腹に「忘却」というものがあるのだ。昭和テイストに頼らず、ノスタルジーによらない表現を目指した。

小倉涌
1969 大阪府生まれ
1991 京都精華大学美術学部デザイン学科ビジュアルデザインコース卒業

個展
2010 マッカーサーの子供たち(GALLERY b.TOKYO・東京)

グループ展
1995 第9回美浜美術展(福井県立美術館・福井)
1996 第10回美浜美術展(福井県立美術館・福井)
1997 150号グループ展(大阪府立現代美術センター・大阪)
1998 '98ABC美術コンクール(ABCギャラリー・大阪)
1999 第2回ARTBOX イラスト・オブジェ新人賞(ARTBOXギャラリー・銀座)
1999 第3回さかいでアートグランプリ(坂出市民美術館・香川)
2001 第18回FUKUIサムホール美術展(福井放送会館・福井)
2011 第9回ART OSAKA 2011(ホテルグランヴィア大阪・大阪)

受賞
第9回美浜美術展(福井県知事賞)
第10回美浜美術展(福井新聞社賞)
さかいでアートグランプリ(グランプリ)
FUKUIサムホール美術展 洋画の部(大賞)

パブリックコレクション
坂出市民美術館

全文提供: Oギャラリーeyes


会期: 2011年8月1日(月)-2011年8月6日(土)
会場: Oギャラリーeyes

最終更新 2011年 8月 01日
 

関連情報


| EN |