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The Human Condition 2011「∞ 村上友晴」
展覧会
執筆: 記事中参照   
公開日: 2011年 7月 11日

画像提供:タグチファインアート | Copyright© Tomoharu Murakami

タグチファインアートでは、人間の本質的・根源的欲求から生み出された美術を、時代や地域にとらわれずにご紹介するシリーズを「The Human Condition」と題し、機会あるごとに展覧会をおこなっております。「ジャガーの子どもたち」、「Respect」、「A.D.79」に続き、4回目の今回は「∞ 村上友晴」です。現役で活躍している作家を取りあげるのは本シリーズでは初めてとなります。

村上友晴氏は1938年福島県生まれ。東京藝術大学で日本画を学び、現在にいたるまで東京を拠点に制作活動を続けています。作品は東京国立近代美術館をはじめ、ブレーメンのヴェザーブルグ美術館、クリーヴランド美術館など多くの美術館に収蔵され、その芸術は世界的に高く評価されています。

村上作品は多くの場合、画面全体が漆黒の絵具で覆われているか、あるいはそこに朱または白の絵具が加えられているだけの、抑制された色彩で構成されています。どの作品にも共通しているのは、大変な集中力を要する禁欲的な行為の途方も無い積み重ねによって成立しているという点です。キャンバスの作品においては、油分を減じた油絵具をナイフで何層にも積み重ねていく行為が繰り返されています。鉛筆や墨による素描作品においては微細な水平・垂直の線が集積され、版画作品においても版には非常に細かな線が無数に刻み付けられています。紙の作品では、本来親和性に乏しい水性のアクリル絵具と油性の油絵具が敢えて併用され、困難さを克服することで強靭な画面が生み出されてい ます。

こうした作品制作では、近代以降芸術を定義してきた個人の表現・自己の表出という概念が乗り超えられてしまっています。それは美術や絵画の範疇を超越した孤高の営みであり、神への祈りにも比せられる無私の行為です。この点で、無から出発し永遠や無限へ到らんとする村上芸術は、これまで本シリーズで取りあげてきた古代の美術品と時間を共有しています。

今年3月の大震災は一瞬のうちに、科学や近代社会システムなど、わたしたちが信じていた多くのものを奪い去りました。しかしその一方で今まで見えていなかった様々なこと、近代化や経済発展の成果はすべて砂上の楼閣であったことに気付かせる契機にもなりました。声高に叫ぶ絵画たちの陰で静かに佇んでいた村上作品、その黒や朱に塗り込められ、霧のように霞む画面の奥には何があるのでしょうか。大きな価値転換に直面している現在、今回の展示が、少し立ち止まって、これまで見えなかったもの、事物の本質を探る機会となることを心から願います。

全文提供: タグチファインアート


会期: 2011年7月23日(土)-2011年8月13日(土)
会場: タグチファインアート

最終更新 2011年 7月 23日
 

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