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山根英房:flowing time in our backs
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2009年 11月 26日

山根英房≪flowing time in our backs≫
2009年 展示風景

山根英房≪flowing time in our backs≫
2009年 展示風景

山根英房≪flowing time in our backs≫
2009年 展示風景

    読書の途中で本を閉じるとき、本の上部に付けられているしおりを挟む。しおりがない本であれば、短冊形をした紙のしおりやそこらにある紙か何かをページの間に挟む。それは、また次に読む時に「迷わない」ためであり、目印として「一時的に」つけられる記録である。多くの本が一日で読めるものではない性質上、本には読むという能動的な時間が要求される。だが、本を読む時間とは、中断の連続なのである。電車の中の読書は下車すべき駅が近づいた時に、自宅では電話や訪問に、そして眠気に中断される。読書とは、現実の世界によって中断させられながら、しかしその時間に寄り添いつつ流れていくのである。そのため、紙上の時間をいつでも再開できるよう、しおりをページとページの間に挟むのだ。読書において何気なくしている行為だが、しおりは本が持つ時間の流れを留めるものだと言えるだろう。

    古書店である古書一路にて開催された山根英房≪flowing time in our backs≫は、そのような本の背後に流れる時間を視覚化する試みである。会場である古書店に入るとコの字型に棚が配置されている。その床には、棚に収まったたくさんの本からしおりが取り出され、床まで延びて1点へと束ねられているのである。まるで、扇のように広がるしおりのインスタレーションである。そして驚くのはしおりの鮮やかな色彩だ。それぞれの本に挟まれているしおりの色の多様さ、鮮やかさを強く印象づけられることだろう。書籍にはたった1本のしおりしか用いられないにも関わらず、それらがすべて異なる色を持つということ。そのしおりの多彩さは書籍の内容がもつ豊かさ、深さを想像させて余りある。

    古書に挟まれたしおりは中断の証である。読書の途中にしおりをはさむこと。それは中断であり、待つこと、待機である。つまり、これまで読んだページとこれから読み進めるだろう未読のページが1冊の中で分かれるということだ。そう、しおりとは過去に読まれた時間と未来の時間を分かつ定点である。それは本に打たれたモメントだ。古書店に並ぶたくさんの古書から延びるしおりは過去に本を手にした人たちが時を止めた記録なのである。しかし、しおりとは多くの場合、本の中に閉じられていて、しおりそのものの色を見ることはない。山根は多量の本に挟まれたしおりを本から空間へと露わにすることで、過去と未来の定点を古書店という場で1点に束ね上げるのだ。

    そして、その束ねられたしおりの1本は床を伝って別室の作品へと私たちを誘導していく。そこでは本が何十冊か積み重ねられ、最上部の数冊に植物が植えられた作品を目にすることになるだろう。

    これは山根が過去に発表した、友人や知人の部屋にある本を天井に届くまで積み上げ、写真・ビデオ・テキストによって提示した≪stand for the world≫(2008)という作品を想起させる作品ではある。だが、本展では本の積み上げは控えめに、代わりに植物が上方へと延びていくイメージが付与されている。ここでも山根は周到に本と植物にある見えない背後の時間を提示するのである。しかしそれは、紙の原料が木などの植物原料によって生産されるということを示唆する単純な意味ではない。それは、積み重ねられた本に内在する時間と植物が育つ時間を構造化したものだと言えるだろう。植物が成長する時間は早くすることも遅くすることもできない。本を読む時間も同じである。読書という営みもまた読書する人のペースで、しかし現実の様々な事象に中断されながら読み進んでいく行為なのだから。つまり、本を読むとは植物的な営為だとは言えないだろうか。

    このように山根は本やしおり、植物を用いて私たちの周りに流れる見えない時間や環境、システムを視覚化するのである。本展は、様々な人々の手を経てきた古本を扱う古書店という場で、空間に「しおり」を入れるのである。

    そして、この展示もまた私たちにとって「しおり」のようなものなのかもしれない。再び読みかけのページへと戻るためにしおりを挟むように、私たちは人世において美術という「しおり」を挟むのだと。そうだとすれば、山根英房の本展もまた、めくられていく1ページとして記憶されることだろう。

最終更新 2010年 7月 04日
 

編集部ノート    執筆:平田剛志


本と美術は相性がいい。だが、実際の古書店でこれほど密な展示が行われた例はないのではないか。なぜなら本展で展開される本と植物によるインスタレーション、本のしおりを用いたプロジェクトはすべて古書店で実際に販売されている本を用いているからである。特に、古書店の棚に並べられた本からしおりが床へと延ばされ、1点へと束ねられるインスタレーションはカラフルなしおりの庭である。これまで本の内部に身を潜めていた鮮やかな色彩のしおりを目にすると、その1つ1つのしおりを辿って、本を吟味したくなる誘惑へと駆られることだろう。そう、私たちは本棚を探り、キノコ狩りならぬ本探しをする。本展における古書店と現代美術の組み合わせは、本としおりのように密接な関係なのである。 ちなみに、会期は土日のみ。場所は住宅街の隠れ家的な場所のため、地図をよく確認してから出かけることをおすすめする。もし道に迷いそうになったら、道に「しおり」をつけておくとよい。


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