内海聖史:ボイジャー |
レビュー |
執筆: 小金沢 智 |
公開日: 2009年 8月 24日 |
eN artsはとかく複雑な作りのギャラリーである。地上一階には通常の展示空間に加え茶室が設えてあり、高い壁面を向かいにした階段を下ると地下一階にも小規模だが展示室がある。すなわちeN artsで展示を行う作家はこれらの空間を攻略しなければならないのだが、内海は空間に合わせすべて新作で構成した。今年に入り五度目の個展となる内海だが、グラニフギャラリー・フクオカでの個展「十方視野」だけは見逃したもののその他の個展から判断すれば、今回の個展「ボイジャー」(2009年8月1日〜8月30日)はそれらのどれよりも作品のスケールの広がりを見せるものではなかったか。 会場では青、緑、赤という色の三原色を基調にした作品が要所に展示されていた。入口入ってすぐの作品≪色彩の下≫(oil on canvas、1000×1100×80mm、2009)[fig. 1]は青系の、その先の同ギャラリーでは最も開けている場所に展示されている≪背景の象徴≫(oil on canvas、2310×8910×30mm、2009)は緑系の作品である。最後の地下室に展示されている≪吽≫(oil on canvas、1950×3200×30mm、2009)は赤を基調にしたものだ。いずれも大小さまざまなドットを画面に配した、言うならば内海らしい作品なのだが、その間に展示されていた作品にも注目したい。 ≪色彩の下≫の次にあらわれるのは、≪コロナ≫(oil on wood、60×60×60mm、2009)[fig. 2]と≪フリークライム≫(crayon+acrylic on paper、2200×2400mm、2009)[fig. 3]である。前者は木製の球体の表面をドットで着色した作品であり、それらが12点、台座の上に直線上に並べられている。後者は紙上に、正方形という規格で統一し色を塗っている作品で、ドットは使われていない。アクリルに加えクレヨンが使われていることもあってか光沢があり、オイル・ペインティングにはない塗りの軽やかさがある。さらに新展開として≪アルビノ≫(cast bronze、50×50×10mm、2009)[fig. 4]がある。今回も階段正面の壁面に2点展示されていたように、内海はきわめて小さいサイズの作品も制作し、効果的に展示に取り入れている。ブロンズ製の同作はフォーマットとしてはそれらを踏襲するものであるものの、ソリッドな質感は他の作品には見出せないものだ。縦横4点ずつ計16点展示されているそれらの作品は物質感が強すぎるとも感じたが、そもそも絵具それ自体の美しさを追求している内海の視点が他の素材に向かうことはむしろ必然なのかもしれない。総合的に見ればカラフルな展示を≪アルビノ≫が引き締めている。この先の壁一面を覆うようなかたちで≪背景の象徴≫が展示されており、これら言わば異質の素材ないしフォーマットの作品が展示の幅を広げていることをまずは強調しておきたい。 そして茶室である[fig. 5]。球体の中にドットを描いた≪魚眼≫(oil on wood、85×85×85cm、2009)[fig. 6]はレントゲンヴェルケでのグループ展「掌 9」で類似した作品を見た記憶があるが、当時は立体への展開にいささかの戸惑いを覚えたものの、床の間に置かれた≪魚眼≫はその奥に掛けられた黄土色の≪頭上の色彩 84≫(oil on canvas、610×430×40mm、2009)と相成って空間とうまく調和していた。かつて人が器の中に宇宙を見出したことと同じ思考の形がそこにはあるようだった。この茶室と、地下の小部屋の緊密さを感じないわけにはいかない。地下室は黒いカーテンをめくるとわずか二点のか細い照明をのぞきほとんど暗闇である。入る際に外の照明が差し込むため目の前に作品(≪吽≫)があることはわかるが、すぐはそこに描かれているものがなんなのか認識などできず、空間のスケールを計ることすら当初は難しい。しかし時間をかければ目が慣れてきて、おびただしい赤のドットが浮かび上がり、照明が当てられているのが白地の箇所であることもわかる。もちろん白日の下で見るほどクリアに見えるわけではない。けれどもその視覚体験は、作品を見るにはそれでも十分なのではないかと思わせるほど濃密な時間だ。靴を脱いで茶室に座し、作品と対面することと同質であり、沈黙の中に豊かさがある。 個展タイトルである「VOYAGER」とは一般的には「旅人」を想起するであろう単語だが、ここで内海が想定しているのは、NASAによって1977年に打ち上げられた無人惑星探査機=「VOYAGER」である。実際私は、無人惑星探査機のように自身が「目」そのものになり、そこかしこを探索するような思いがしたものだった。平田剛志は内海の作品について、「チューニングをするようにサイズをマクロからミクロへと自在にブレさせながら、少しずつ適音へと音を合わせていくような繊細なスケールチューニングとも言えそうなフォーマット手法」とレビュー中で書いているが、※1 私が今回感じたものは、自らが内海の絵画によってチューニングされているような感覚にほかならない。暗がりで、密教で「終わり」を意味する≪吽≫が、私に新しい視点の獲得を告げていた。 |
最終更新 2010年 8月 30日 |
今年に入り5度目、生涯では通算20度目になるという内海の個展。eN artsは地上一階、地下一階からなる複雑な作りのギャラリーだが、内海は空間に応じて色彩やフォーマット、サイズ、素材などの異なる作品を展示した。すべて新作であり、かつ展示構成が難しい空間の中で作品の持つ可能性を突き詰めているという点で実験的だが、ただ実験的に留まらず、作品の織りなすリズムがきわめて心地いい展覧会に仕上がっている。eN artsは一階に茶室があり今回はその中にも展示がされているが、日本家屋での内海の個展を見たいと思わせるほど作品が空間に適していた。