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佐藤裕一郎:新世代への視点 2009
レビュー
執筆: 小金沢 智   
公開日: 2009年 8月 17日

fig. 1 「佐藤裕一郎展」(ギャラリー58、2007年)展示風景|画像提供:ギャラリー58|Copyright © Yuichiro SATO

fig. 2 「佐藤裕一郎展」(ギャラリー58、2009年)展示風景|画像提供:ギャラリー58|Copyright © Yuichiro SATO

「地を見つめ絵を描いています」。作家コメントでもそう書いているように、佐藤裕一郎は〈地中〉をテーマに作品を制作している。ギャラリー58での個展は2007年から数えて今回で三度目。しかし、2007年の個展で発表した≪shadow in soil≫(パネル・麻紙・画仙紙・顔料・染料・墨・蝋、227×1123cm、2007年)[fig. 1]が赤褐色の抽象的な画面でまさしく大地であり、それ以前の≪underground stem≫(パネル・土・砂・鉄粉・岩絵具・顔料・墨、270×720cm、2005年)が地中世界で蠢く樹根のごとくパネルもまたそう形作られていたことを思い返せば、今回の≪shadow in soil≫(パネル・和紙・顔料・染料・金属粉、227cm×18m、2009年)[fig. 2]は佐藤が過渡期にいることを予感させるものではなかったか。

20枚のパネルからなる、総長18メートルもの大作≪shadow in soil≫が展示室壁面に添うように展示されている。下図を作り端から順を追って制作したが、アトリエでは最大7・8枚までしか横並びにすることができず(作業は寝かせて行ない、その場合は6枚まで)、作家自身全貌を確認したのは会場で展示したのが最初だという。昨年の個展で発表した作品≪shadow in soil≫(パネル・和紙・顔料・染料・鉄粉・蝋、2270×1820mm、2008年)[fig. 3][fig. 4]は今回や2007年の作品のようにパネルで一続きになっておらず一点一点が独立しており、「METAⅡ 2009」(日本橋タカシマヤ美術画廊X、2009年7月22日〜8月3日)の出品作品はそれを継承するようなかたちとなっているから、印象の変化が著しい。新作は色使いに関して言えば2008年の作品に近いものがあるが、前回の作品が金属粉で画面の上から下へ引かれた線が作品に高い緊張と均衡をもたらしていたのとは対照的に、不定形のダイナミズムがあらわれていると言えるだろう。

そう、紫と白が基調の画面は大地というよりはそのさらに上空、光の屈折や大気の振動を思わせるのだ。作品右端から中央にかけて一瞬の閃光のような、あるいは一筋の風のような動きが認められる。かつての作品が展示空間に身を置くことで私たちのからだを象徴的な地中世界に〈沈み込ませる〉性質を持っていたとすれば、今回の作品は外界へと〈開かせる〉類いのものにほかならない。会場の都合上これ以上大きいサイズの作品を発表することは難しいが、佐藤としてはよりスケールの大きいものを作りたいという意識があるのではないか。

fig. 3 ≪shadow in soil≫2008年|パネル・和紙・顔料・染料・鉄粉・蝋|2270×1820mm|画像提供:ギャラリー58|Copyright © Yuichiro SATO

fig. 4 「佐藤裕一郎展」(ギャラリー58、2008年)展示風景|画像提供:ギャラリー58|Copyright © Yuichiro SATO

このような変化の原因が果たしてどこにあるのか判断材料に乏しいが、2005年に東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科芸術文化専攻日本画領域を修了し、生まれ育った山形から埼玉に移り住んだことも要因の一つとしてあるかもしれない。山形の景色を私は見知らないが東北のそれは埼玉とは異なるはずであり、環境の変化が作品に影響をもたらすことは往々にしてある。もちろんそれだけに帰結するわけにはいかず、ある一つの変化を作品への影響として考えるのは乱暴なのだが、とにかく今佐藤は変わりはじめている。描き続けることで先へ先へと進もうとする強い意志が作品に発露しており、だからこそ期待しないではいられないのである。

最終更新 2015年 11月 04日
 

編集部ノート    執筆:小金沢智


20枚のパネルからなる、総長18メートルもの大作≪shadow in soil≫(パネル・和紙・顔料・染料・金属粉、227cm×18m)が展示室壁面に添うように展示されている。昨年同所での個展で発表した作品が〈静〉ならば今回は〈動〉であり、光や風のような一定のかたちを持たないもののダイナミズムがそこにはある。おそらく佐藤が描こうとしているものは壮大だがきわめてシンプルな現象と想像するが、それを作品として結実させるための努力を厭わない愚直なまでの誠実さが絵画を貫いている。展示空間に身を置くことが絶対的に必要とされる、私たちのからだを外に向かって〈開かせる〉作品である。


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