| EN |

wah:「すみだ川のおもしろい」展
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2009年 7月 23日

「川の上でゴルフをする」実施日:2009/6/7|実施場所:永代橋から白鬚橋の間|材料:天然芝、キンモクセイ、木材、段ボール etc…|航行協力:会田興史、平山尚、二光商運ほか|画像提供:社団法人企業メセナ協議会

「川の上でゴルフをする」実施日:2009/6/7|実施場所:永代橋から白鬚橋の間|材料:天然芝、キンモクセイ、木材、段ボール etc…|航行協力:会田興史、平山尚、二光商運ほか|画像提供:社団法人企業メセナ協議会

「プール」実施日:2009/5/23|実施場所:隅田川左岸、桜橋上流|写真撮影:田中廣太郎|画像提供:社団法人企業メセナ協議会

    人には思いつきというものがある。それは時に「ひらめき」や「アイデア」と呼ばれてもいる。いったい、いま地球上にどれほどの「アイデア」が生み出されているのかわからないが、その多くははかなくも消えていってしまうだろう。 だが、そんな人のアイデアを実現する「アート」がある。それが<wah『すみだ川のおもしろい』>展である。本展はアーティスト集団wah(ワウ)が東京の隅田川両岸、浅草、両国界隈に住む人々に「隅田川でこんなことがあったらいいのに」というアイデアを募り、そのいくつかを実現したものである。例えば、『船の上にゴルフ場がある』というプロジェクトがある。船にゴルフ場を模したものを作り、実際に隅田川を走らせ、その船上でゴルフをするというのである。他に『川をプールにする』、『湯舟を作る』など突飛な発想を実現してしまっている。

    そこで他人が考える「すみだ川のおもしろい」ことを実現してしまう本展のアーティスト集団wah(ワウ)とは何者なのだろうか。wahは2002年より南川憲二、増井宏文、吉田武司らが中心となり運営する参加型表現活動集団である。先頃開催された<アートアワードトーキョー丸の内2009>※1においてグランプリ賞を受賞したことも記憶に新しい。しかし、wahは数多ある市民参加型の作品プロジェクト、ワークショップとは違い、特定の作品制作や意図を明確にした集まりではない。wahは一般公募した市民、子ども等の参加者たちの会話や反応から生まれたアイデアを実現するのである。その元となるのが、参加者が書くA4サイズのアイデア用紙である。参加者たちはこの用紙に絵や言葉で、こんなことがあったらおもしろいという突飛な発想を描く。それを元に彼らはアイデアを実現するのである。過去のプロジェクトを上げると、和風の室内用照明器具がヘリコプターで吊るされ、田畑の上を飛んでいく『照明器具を飛ばす』(2008)、信号待ちをしている人の後ろで数人の人々が縦1列に並び、手を広げると千手観音に見える『千手』(2007)、小学生のアイデアで4か月かけて一軒家を地中に埋めた『地面の中に家がある』(2008)など、どれも誰かの突飛なアイデアを実現している。

    だが、これまでのアートプロジェクトは違った。アーティスト主導で作品制作のためのワークショップ等を行い、市民や学生、子どもたちがボランティアとして参加するという「プロジェクト」であった。時に、企業、行政が参加し、社会的なテーマやコミュニケーションをテーマに掲げるなど、「有用」であること、「アート」が社会に還元されることが求められていた。そこに、思いつきのおもしろいアイデアなど求められてはいない。

    しかし、wahのプロジェクトはそのシステムそのものを逆に変えてしまったのだ。もちろん、募ったアイデアの決定権は彼らにあるのだが、自身の作品という点ではアイデアは他者のものなのである。明確な作者不在のプロジェクト。ここが芸術の制作プロセスの一部を他者に預けてしまうwahの特徴である。そして、行われるのは「無用」な「おもしろい」ことなのだ。そう、wahの作品からは芸術の本質的な問題への問いが孕まれていることがわかるだろう。芸術作品の作者はその発端となるアイデアを生み出した者なのか、あるいはそれを実現した者なのか。「芸術」は有用なのか、無用なのか。芸術のイデアを具体化するwahの行いはその問いを我々に突き付けてやまない。

    しかし、本展では「隅田川」というキーワードが与えられたことで、アイデアを肩苦しくしている点があるのも事実である。だが、主催側への配慮に見えるコンセプトも、実現されたプロジェクトからは幸か不幸かほとんど感じられない。「おもしろい」ことに理屈はいらないのだろう。悔やまれるのはもっとも映像的で壮大な『両岸に虹をかける』というプロジェクトが実現できなかったことだ。しかし、アイデアもまた虹のようなものなのかもしれない。これからwahは新潟県越後妻有地域で開催される<大地の芸術祭2009 越後妻有アートトリエンナーレ>、大阪で開催される<水都大阪2009>などへの参加が決定している。そこでは、どんな虹のようなアイデアを見せてくれるのだろうか。しかし、それには参加者一人一人のアイデアにかかっている。

脚注
※1
<アートアワードトーキョー丸の内2009>2009年4月29日-5月31日、行幸地下ギャラリー

参照展覧会

展覧会名: wah:「すみだ川のおもしろい」展
会期: 2009年6月20日~2009年7月20日
会場: すみだリバーサイドホール・ギャラリー

最終更新 2010年 7月 05日
 

| EN |