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認識の境界:複合回路 vol.6 石井友人
展覧会
執筆: カロンズネット編集   
公開日: 2010年 11月 10日

石井友人《複眼 (block noise image)》2010年
oil on canvas 150x150cm
画像提供:gallery αM

αMプロジェクト2010「複合回路」シリーズ展覧会第六弾。田中正之によるキュレーションによる。

イメージのパンデモニウム -田中正之
かつて構造主義的な記号論に基づくコミュニケーション理論が一般的であったときには、コミュニケーションの成立を支えているのはコードだと考えられていた。送り手(話し手)と受け手(聞き手)との間にはコードが共有されていて、そのコードに基づいて送り手の信号が解読されて受け手がその意味を理解する、と考えられていた。しかし、この静的でいささか簡素なモデルは、現在ではもはや素朴に信じられてはいない。何よりも信号(あるいは記号)の解読にあたっては、コードのみが決定因子になっているわけではないからである。たとえば「文脈効果」と言われるように、ひとつの同じ記号ないし信号であっても、文脈が変われば、その意味するところはダイナミックに変わる。受け手の側もまた単なる受動的な存在なのではなく、何らかの文脈との関連付けを行うことによって能動的に意味の産出に加わっている。とすれば、ある記号や信号が持つ意味は、特定の場所と時間とに強く結びついて、そのつどそのつど作り出されるものだということになり、意味の成立とは、やや大袈裟に言えばひとつの「事件」とも言えそうな瞬間的な出来事となる。このような考え方は、記号や信号の意味の成立を説明するための重要な理論だが、同時にまた、意味が成立しない可能性、記号や信号が何を表しているのか、その解読が宙吊りとなる可能性を示唆してもいる(たとえば、関連付けるべき文脈が決定できない状況)。

視覚とは、そもそも特定の瞬間に結びついた断片的な出来事であり、この瞬間的(で断片的な)「事件」を統一的な画面を持った一枚の絵画へと仕立てあげることの困難は、それこそセザンヌ以降絵画に突きつけられてきた問題である。そして、記号や信号が多様な意味を生み出しうると同時にその産出が挫折することもありうるのと同様に、ひとつの視覚的映像もまた、多様な要因に応じて多彩に受け取られ、展開し、混乱しうる。石井友人の作品は、何よりもこの問題を出発点としているように思われる。ある視覚的情報からイメージが作り出されるとき、そのイメージは決してひとつではありえず、あらかじめ定められた命法によって演繹されるようなひとつの統一的イメージへと収斂することはない。まるで「複眼」に映る多様な像のように無数のイメージに展開しうるはずだ。そして、そのイメージがコミュニケーションのなかでさらに他の人々へと伝達されていけば、さらにその展開の多様性は加速していく。伝達のあいだにノイズが混入し、イメージが混乱することもありえる。ひとつの決定的イメージをテロス(目的地)とすることなく、混乱を引き起こしつつも展開を続けるイメージの世界。石井友人の作品は、そのような世界のなかへと人々を誘い込み、統一的イメージの成立など想定しようもない視覚像のパンデモニウム(大混乱、無法地帯)を突き付けてく るのである。

石井友人(いしい・ともひと)
1981年東京都生まれ。2006年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。既存のイメージ(写真など)をソースとして絵画化し、情報の受容装置としての視覚を問題化した作品を制作。主な展示に、2007年 「Potrait Session」広島市現代美術館(広島)、2006年「二人展」WAKO WORKS OF ART(東京)など。

トークイベント 石井友人 + 福永大介
日時:2010年2月5日(土)17時ー18時(予定)
会場:gallery αM  入場無料・予約不要
同世代のペインターが今日の絵画について語ります

全文提供: gallery αM


会期: 2011年1月15日(土)-2011年2月19日(土)11:00 - 19:00|日・月曜・祝日休廊
会場: gallery αM
オープニングパーティー: 2011年1月15日(土)18時~
アーティストトーク: 2011年1月15日(土)17時~18時

最終更新 2011年 1月 15日
 

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