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Artists in FAS 2018 入選アーティストによる成果発表展
レビュー
執筆: 記事中参照   
公開日: 2018年 11月 11日

触れる、造る、交わるFASアート2018年秋の収穫

晴れた秋の日、藤沢市のJR辻堂駅から徒歩5分の会場で行われている「Artists in FAS 2018 入選アーティストによる成果発表展」に寄る。駅前には2011年開業のテラスモール湘南を始め数々のショッピングモール、大きな道路、バスターミナルがある。子ども連れが行き交い、新しい息吹を感じさせる街だ。藤沢市は2018年4月時点で総人口43万人を突破。湘南地域では最も人口が多く、ファミリー世帯の転入でさらに人口増加が見込まれる街である。

展覧会が行われているのは「ココテラス湘南」という7階建てのビルの6階だ。1階から3階に数々の教室がある。ボルダリングジム、運動教室、書道教室、そろばん教室、バレエ教室、音楽教室、ロボット教室、学童クラブ、塾などが連なる。4階と5階には藤沢市役所の建設総務課と下水道施設課の事務所など。ビルの上部6階が「藤沢市アートスペース」そして7階が「藤沢市藤澤浮世絵館」。子どもたちにとっては、学校の次の学びの場が集結している建物だ。私たちの現在と未来がつながり、アートスペースと浮世絵館があることで、藤沢市の過去を振り返り、未来を創造することができる理想の環境になっている。

藤沢市アートスペースでの「Artists in FAS」は2018年の今年、3回目を迎えた。全国から52件の応募があり、そのうち入選3名(金沢寿美、熊野海、藤倉麻子)、そして特別賞1名(二ノ宮久里那)が選出された。若いアーティスト4人には制作や展示、発表の場が与えられる。アーティスト・イン・レジデンスの場が7月から9月に設けられ、市民が自由に制作現場に足を踏み入れる。作家たちの制作する様子を見たり、直接、話しかけたりする。また作家たちが工夫したワークショップは8月から10月末に開催される。

筆者は2018年7月末にレジデンスルームで滞在制作をしている作家たちを初めて訪ねた。2回目に訪ねた10月には、期待以上の「成果発表展」に将来性を見た。作品群の大きさ、深さ、展示方法に工夫があり、若いアーティストたちへの期待が膨らむ。金沢寿美、熊野海、藤倉麻子、二ノ宮久里那の作品を順番に鑑賞しよう。


金沢 寿美 Sumi Kanazawa
《テーブル – 新聞紙のドローイング》 ミクストメディア サイズ可変 2018年

ガラス張りで廊下から中の様子が見える大きな展示室。入り口で靴を脱ぐと、手前右側には数十本の鉛筆が行儀よく立て置かれている。大きな座卓(10m四方はあるだろうか)の上に作品、そしてその周りに点々と白い座布団が敷かれている。訪れる者は靴をぬぎ、ここで実際に鉛筆をにぎり、座卓の周りにすわって鉛筆で消す行為を体験することができる。メディテーション、瞑想に参加する気分だ。

鉛筆のストロークで埋め尽くされている数百枚の開かれた新聞紙が138㎡の展示室に設置してある。大きな座卓の上一面に敷き詰められている新聞の記事のほとんどが鉛筆で消されていて黒光りしている。ところどころ白い星のような消し残したスポットがあり、写真や文字が浮き出ている。金沢はこの成果展の準備にあたり、藤沢市でローカルに販売されている神奈川新聞や毎日新聞を中心に鉛筆を使って、消すように塗っていった。

鉛筆のストロークでほとんど消された新聞に目を凝らすと、6月に行われた「米朝首脳会談」でのトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の顔、パンダのシャンシャン1歳の写真、8月の台風の文字と風で吹き飛ばされそうに歩いている歩行者の写真が覗いている。来年、天皇が退位するという記事、死刑執行の文字もある。鑑賞することによって、この3か月に起こったことが一瞬に蘇る。それらのニュースとページを共にした広告の「無料」とか「こんな簡単…」「特殊」という文字が同居し、滑稽さも感じる。

制作をするとき、あらゆる「選択」を無意識のうちに迫られる。新聞を一枚選び、鉛筆で消す行為は「何を残すか」を決断しなければならない。第二次世界大戦の教科書は「黒塗り」されたが、「墨」でさっと消すのと、「鉛筆で消す」行為は異なる。鉛筆のストロークは「人の歩み」と同様にゆっくりと進む。また鉛筆で塗り消す「さっさっ」という音は、音もない墨で消す行為とも異なる。使って短くなる鉛筆にも歩みと重みを感じる。思い出を消すのでなく、思い出を残し、選び、それに対して行動が迫られる感覚だ。今回、金沢は新しい試みとして来場者が実際にドローイングを体験する「テーブル」を核にしたインスタレーションを実行した。この試みが次の金沢の制作への発展となる。楽しみだ。

金沢寿美 展示風景 (撮影:筆者)


熊野 海 Umi Kumano
《Super Mirage》アクリル、キャンバス 227.3 x 454.6 cm 2018年
《Shadow》アクリル、キャンバス 50.3 x 45.5 cm 2018年 4点組

暗い展示室にスポットを浴びる作品群。人、モノ、植物、山が混沌としているイメージあふれる大作が1点と、その大作のクローズアップにも似たポートレート作品《Shadow》シリーズ4点が展示されている。小品4点の左側には大作《Super Mirage》の制作経過を映したipadの画像がおしゃれに展示されている。

大作の≪Super Mirage≫は「超蜃気楼」と訳すのか。絵の具の垂れた模様、グラフィティのスプレーペイントで覆われたような模様の下にはリアルで整った形の家具や小物、若い人が砂浜でくつろいでいる様子が見え隠れしている。真ん中にかすかに見えるアルプス、ところどころに散らばっている街の情景、リビングルームにあるような家具や小物が折り重なり、コラージュのように混沌としている。横尾忠則のコラージュを思わせる作品だが、熊野の作品には焦点がいくつかあって、そこが横尾の作品と異なる。自らの意見を提示するような横尾の作品と異なり、むしろ見る者に「現状に対してどう行動するのか」疑問を突き付けている。

ぶれたり、揺れたりしている蜃気楼のイメージは不安をあおる。蜃気楼とは「熱気や冷気の光の異常な屈折で、空中や地平線近くに遠方の風物などが見える現象」だ。2018年の異常なほどの寒波は熊野の故郷、福井で30数年ぶりの大雪をもたらした。そして2018年の熱波は日本中が溶けるような酷暑をもたらした。また次から次へやってきた晩夏の台風。最初に熊野が描いていたアルプス、あるいは偉大であるはずの自然がかき消され、アルプスは、かすんだmirage、蜃気楼になっている。いや、もしかしたら、あらゆる混沌とした人やモノ自体がmirageなのか。それとも、すべて我々が体験していることがmirageのようにはかないのか。

ポートレート4点《Shadow》は幼い子供の笑顔、女性の驚いた顔などを描写しているのだが、ぶれて屈折している。私たちの周りに起こる現象に驚く女性、気づかず無邪気に笑う子ども、自分の世界につかって変化に無関心な人が蜃気楼の「影」なる存在を表している。

熊野 海 展示風景 (撮影:筆者)


藤倉 麻子 Asako Fujikura
《遊歩道》 映像 5‘00“ 2018年
《monitor》 映像 5‘00“ 2018年

1992年生まれ。20代半ばの、FAS2018入選アーティストの中で最も若い人物である。展示室の両側には大きなスクリーンが2つ。機械が何かを掘っているかのような音、自動ドアの音、冷蔵庫などを開けるような音、電車の走る音、液体の流れる音などが聞こえる。そんな音の中で映像2点が対話しているかのように存在する。さまざまな動作をする機械や橋、電車、道路、ブロックで積み重ねられた山々やスピーカーのようなモノが映る。クローズアップになったり、遠くに引いたり、すべるように映像が動いたり、モノの周りを一周しながら撮影する視点になったりする。けれども、そのスピードがよい塩梅なので目が回ることもない。

この作品のために藤倉は藤沢市をリサーチして映像制作をした。作家ステートメントには「私は都市をリサーチしてテクスチャと映像の蝕角性について思考し、造形表現を追求しています」とある。また「漁港、海浜公園、ビーチといった藤沢市の公共設備、水に関連したインフラ設備をリサーチし、工業製品が自律して運動していく世界を表現している」という。作品の音、動きなどを通して、実際に触れていないのに触れているように、場やモノをなめまわすように見せている。ドローン飛行で撮影したようなアニメーション映像には機械や工業製品だけでなく文字が出てきたり、植物が登場したりする。この藤倉の作品から映し出されるモノはこれからの人口減少、そしてITやAIの発達した世界なのか。数十年後にもう一度、振り返って見てみたい。

映像の他にも新作の《群生地放送》《Colony Highway Broadcast》という映像の下絵(カラー印刷)数点が細長いテーブルにホチキス止めで展示されている。完成作品はYouTubeで見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=YouFp1n7zoc&feature=youtu.be

藤倉の作品は工業的で機械的なアニメーションにも関わらず、マイナスイメージがほとんどない。むしろ、人の気配を感じ、ユーモラスで人の温もりさえ感じる不思議さがある。それは映像に灰色がほとんどなく、晴天の青空を背景にすっきりした配色で表現されているからだろう。

藤倉の経歴を見て驚いた。彼女は2016年に東京外国語大学ペルシア語専攻を卒業し、今年2018年に東京芸術大学院映像研究科メディア映像専攻を修了したばかりなのだ。2017年から2018年にかけて大活躍。Artists in FAS 2018の経歴に記載されているだけでも、2つの個展、7つのグループ展と精力的だ。グループ展は日本での参加だけでなく、アメリカや韓国にまで及ぶ。そして2018年、受賞歴がFAS(藤沢市アートスペース)も含めて4件以上ある。

また藤倉はSNSを頻繁に使用し、現在の自分の制作状況や発表している場を知らせている。Instagram、Twitter、YouTube、Tumblrなど、どれもアップデートされていて積極性が見られる。成果発表展に出品されていた下絵が新作の《群生地放送》《Colony Highway Broadcast》だと筆者が知ったのも彼女のInstagramとYouTubeを見たからだ。Instagramには彼女の日常から、作品に結び付いた実写もある。例えば焼いているチーズトーストのチーズが熱で膨れてブクブクしている様子、バスターミナルでバスが整列している様子、点滅する標識などは藤倉が映像制作でインスパイアされたのではないかと思う。そして彼女のTwitterのリツイートを通じ、作品展示の関連を知ることができる。Tumblrには総合的な情報、細かい経歴や作品の画像や映像がファイルされている。

作品づくり、発表、宣伝とたくさんのことをスピーディーにこなす藤倉の若さと今後の発展に期待が膨らむ。社会の変化の動向を知ることと共に彼女の映像での提案に期待したい。

藤倉麻子 展示風景(撮影:筆者)


二ノ宮 久里那 Kurina Ninomiya
《変移》糸、テープ、テグス、ロープ、ハンドニッティング 1400 x 600 cm 2008-2018年

増殖し続け、姿が変化する二ノ宮の《変移》。彼女の制作現場を初めて訪れたのは2018年7月末だ。FASのレジデンスルームの真ん中に作品のえんじ色、肌色、黄色、黒、水色、白などの巨大な編み物が横たわっている。その片隅に二ノ宮が静かに座っている。長さ14メートルに及ぼうとしているニットの作品は人の体の一部に見えたり、山々、畑などのパノラマにも見えたりした。作品の《変移》は毛糸やテープなどの様々な糸で手編みされ、少しずつ成長し続ける。置かれる場所、吊るされる場所によって見え方が変化し、周りの光が強ければ、面白い影も作る。動物のようなイキモノに見えることもあれば、穏やかな景色に見えるときもある。作品のほとんどが毛糸ということもあり、切れたり、ほつれたりする。作品は展示するたびに繕われたり、編み加えられたりしている。

二ノ宮はこの巨大なニット作品をココテラス湘南の2階から4階の吹き抜けに設置した。前述したようにココテラスは子どもたちが日常的に集まる場である。作品は上から見られたり、下から見られたりする。子どもたちが正直な感想を述べる場面に遭遇して二ノ宮は驚く。10月4日付の二ノ宮のインスタグラムに次のように記されている。

設置が粗方終わってチェックのためにウロウロしていたら、横にいたバレエ教室の女子高生たちに「気持ち悪っ」「なんなのこの気持ち悪さ」「無理なんだけど」などの感想を頂いた。その直後、私に気づいたらしくコソコソしてからまた大声で「ヤバくない」「この修羅場どうする」と長らく爆笑していた。
笑い者にされたのは少し傷ついたけど、盛大な嫌悪を目の当たりにしたのが初めてだったので、めっちゃくちゃ嬉しかった。

二ノ宮の作品は見る者たちの気持ちを変化させる。人間自身の体を連想させる部分や自然を連想させる部分。展示された環境によって気づかされる光や影。作品が「変移」するだけでなく、見る者たちの気持ちの「変移」も産物である。今まで京都水族館、東京のアパレルショップ、野外で開催されたミュージックフェス、湾岸の巨大倉庫、そして本屋などで作品が展示されてきた。彼女の作品を観て、色彩的にアフリカのEl Anatsuiの缶や金属の蓋でできたタペストリーを思い出す。しかしEl Anatsuiの作品と異なり、二ノ宮の作品はニットなので、たとえ巨大でも作品の展示を頭上に設置することもできるし、壁面に展示することもできる。柔軟性あるニットの巨大なタペストリー作品は汚れたり、傷んだり、ほつれたりする中で増殖していく。作品は今後、どんな場所でどのように「変移」していくのか興味深い。

二ノ宮久里那 展示風景(撮影:筆者)

Artists in FAS 2018では、レジデンスルームでの滞在制作、アーティストと審査員(帆足亜紀)によるトークセッション、成果発表展に加え、市民を巻き込んだ各作家のワークショップも行われた。

金沢は「オープンアトリエ」で一般市民と10Bの鉛筆で新聞を塗りつぶす体験を9月に実施。10月には3名の作家のワークショップがあった。二ノ宮が「いろんな変化が起こる波瀾万丈な写生会」、熊野が「やってみよう!おもしろポートレート絵画」そして藤倉は「のぞいてみようCGの世界」を開催。筆者は二ノ宮のワークショップに立ち会うことができた。

2018年10月7日(日)に二ノ宮が開催したワークショップ「いろんな変化が起こる波瀾万丈な写生会」は大人の参加を想定していたようだが、8割が小学生の子どもたちだった。大きな画板をもって二ノ宮のタペストリーの周りに陣取る。真剣なまなざしでクレヨンやマーカー、鉛筆で写生。何分か後に場所を移動するように指示を受けると子どもたちは素直に従って移動する。しかし二ノ宮から「自分の絵と他の人の絵を交換して描く」指示が与えられると言葉に出さなくても心地悪さが隠せない様子。最後に他人に筆を加えられた自分の作品が戻ると、その変化を受け入れて足していく者がいたり、変化が受け入れられず、他人が描いたところを消して、さらに新しい絵を加えたりする者もいた。このような居心地悪さは、これから社会でたくさん経験するはずである。アートの場が児童の成長の手助けになる場面を垣間見た。

(執筆:柴崎由良)

参考資料


・Artists in FAS 2018 フライヤー、目録
・藤沢市アートスペース ウェブサイト http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/bunka/FAS/
・金沢寿美 ウェブサイト https://www.sumi-kanazawa.com/
・熊野 海 ウェブサイト https://umikumano.exblog.jp/
・藤倉麻子 ウェブサイト https://asakofujikura.tumblr.com/
・二ノ宮久里那 ウェブサイト https://www.kuristinaculina.jp/

 

参照展覧会


藤沢市アートスペース企画展III -Artists in FAS 2018 入選アーティストによる成果発表展-
会期:2018年10月6日(土)日-11月25日(日)
会場:藤沢市アートスペース(神奈川県藤沢市辻堂神台2-2-2 ココテラス湘南6階)
詳細:公式サイト(http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/bunka/FAS/) を参照のこと。

 

最終更新 2018年 11月 11日
 

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