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ドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』
Reviews
Written by Mizuki TANAKA   
Published: January 16 2014
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© 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.

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  気持ちの良い位やんちゃな生き様で、存在を知ってしまったら目を離せなくなる男が一人居る。
   その男は、1960年代、赤瀬川原平、荒川修作、吉村益信らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を設立し、語り草となる伝説的な創作活動を展開。あるいは、俊敏そうな体躯にモヒカン刈りで、ボクシンググローブに絵具を染み込ませ、画面をなぐりつけて絵画を完成させる「ボクシング・ペインティング」を実施。また、ニューヨークに暮しながら、路上の段ボールを組み合わせ、その上からポップなペイントを施し、蠢くような巨大なバイクを生み出す。男の名は、篠原有司男。1950年代後半からからパワフルに作品を生み出し、メディアを騒がせてきたアーティストだ。この映画は、その篠原有司男と妻の乃り子の物語である。
  乃り子は、画家を目指してニューヨークに来た学生時代に、20歳以上年上の有司男に出会った。子供も生まれ、生活を営みながら、絵画や版画の制作を続けてきた。『ためいきの紐育ニューヨーク』(1994年、三心堂)といった著作もある芸術家である。   映画の中では、生活費工面の苦労や、自身の作品制作時間への制約、アーティストであり日本での知名度の高い夫を常に意識してしまう状況などを乃り子が語る。内容は辛辣だが、重い空気ではない。むしろ、有司男との掛け合いからコミカルに会話が進展していき、観ていてニヤリと笑ってしまう。
  「妻」や「母」という役割をこなしながらの創作活動は、常に自由を奪われながらの生産だ。子供や夫に時間がかかり、自分というものを表現できないのではと焦りながら時間が経っていく。それは、実はアーティストだけではなく、現代の多くの女性が経験してきた葛藤だろう。
  夫婦喧嘩をし、期待しては裏切られ、夫にあきれる生活。だが、映画が進むうちに、観客はその葛藤が呼び起こすものがマイナスの感情だけではないことに気付かされていく。一緒にご飯を食べ、一人になると違和感を持ち、二人で笑う夫婦の生活を映す中で、乃り子が「妻」、「母」としての自分を客観視する姿が鮮明になっていくのだ。乃り子は絵に文章を添え、有司男と乃り子の二人をモデルにしているであろう物語を描き続けているのだが、この物語は「絵空事」すなわち「嘘の話」として描かれていく。真実ではなく物語として組みなおすことで、描かれたものは客観性を帯び、見事に普遍化する。自分を受け入れるプロセスを経て、描かれた物語が作品として浄化されていくのだ。
  恋人時代の甘い「恋」という刹那を豪快に笑いとばすように、長年連れ添う中での愛憎を踏みしめて生まれた夫婦の関係が、フィルムにしっかりと捉えられていく。映画の終盤、二人の様子からは、お互いが作品を生み出していく姿にライバル心を抱きつつも期待している、強い信頼が感じられていく。そのプロセスを体感させる映画に仕上げた監督の手腕は圧巻だ。夫婦が監督の存在を意識しなくなるほど生活の中に溶け込み、長時間かけて丁寧に撮影を続けた姿勢に賛辞を送るべきだろう。
  映画の途中、泥酔しながら世間からの評価を気にして叫びだす若い頃の有司男の映像の後に、プールでたどたどしく泳ぐ有司男の現在の映像を流してもがくイメージを印象付けたり、脈絡もなく挿入されたお花見のシーンで急に乃り子が和服を着ていて「日本らしさ」が強調されているように感じられたり、夫婦二人にあえて有司男の代表作であるボクシングペイントの装備でお互いにボクシングをするように向き合わせ、乃り子のみになぐらせたりといったシーンがあり、監督個人の解釈を鑑賞者に共感させようと先導するような編集があった点のみは、共感よりも違和感を抱かせる可能性が高く、若い監督の制作欲が噴出しすぎたようにも見える。
  しかし、特異なアーティスト夫婦に見える二人に向き合い、普遍的な夫婦の愛情の姿をも掬い取ったフィルムには余り有る魅力がある。アカデミー賞候補にもなっている本作だが、渋谷のパルコミュージアムにて2014年1月13日(月)まで同時開催された展覧会『篠原有司男・篠原乃り子二人展 Love Is A Roar-r-r! In Tokyo 愛の雄叫び東京篇』展を合わせて鑑賞すると、映画で観た作家二人の長い人生が作品に反映されていることが実感され、人生と芸術作品鑑賞との面白さが一層深く染み入ってくる。



ドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』(アメリカ映画/カラー/82分/ビスタサイズ、PG12)
シネマライズほか全国で公開
●監督: ザッカリー・ハインザーリング
●出演:篠原有司男、篠原乃り子
●提供:キングレコード+パルコ
●配給:ザジフィルムズ+パルコ
●参考サイト: 公式HP http://www.cutieandboxer.com/
Last Updated on March 22 2014
 

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