市川孝典:murmur |
展覧会 |
執筆: カロンズネット編集 |
公開日: 2010年 1月 07日 |
市川孝典は13歳のとき、ただ「海外へ行きたい」という衝動のみで、英語も全く知らぬまま鳶職で貯めたお金を片手に、あてもなく単独でニューヨークに渡りました。その後、アメリカやヨーロッパなどを放浪する中で多くの人やカルチャーに出会い、また絵画制作という表現方法を知り、独学で作品制作をしてきました。その類まれなる体験をした少年期の記憶を背景に、現在は日本を拠点に、線香で絵画を制作しています。 60種類もの線香を、温度、太さなど、様々な焦げ口で使い分け、一切の下書きなしに少しずつ焼き付けながら作品を描いていきます。黒ずんだ焦げ口や、茶色く艶かしさすら覚える焦げ口が描き出す作品世界は、触ると壊れてしまう繊細さとは対局な大胆さと優美さで、見る者を未知の体験へと誘います。 ギャラリーでは初めての個展となる本展では、展覧会タイトル「murmur=木々のざわめき」と題されたように、樹木をモチーフにまるで写真かと見まがうほどの精密さで描かれた新作約15点を展示予定です。彼の記憶を辿って描かれた絵画からは、まるで樹木のかすかな音色が聞こえてきそうな異空間が生まれ、鑑賞者は今までに見たことのない作品世界を体験するでしょう。 市川孝典(いちかわ・こうすけ) プロフィール ※全文提供: フォイル・ギャラリー |
最終更新 2010年 1月 15日 |
彼の作品は、一見、陰影の強いモノクロ写真のように見える。しかし、それらは写真ではない。近くに寄ってみれば、作品である紙の上にどうやら無数の穴が空いている。ひとつの穴は、いわばひとつのピクセルであり、ピクセルの総体が、ひとつのイメージを形成する。この穴は、彼が線香の炎によってひとつひとつ焦がして作り上げたものだ。焦げにはそれぞれ微妙な諧調があり、諧調の変化が紙の上にひとつの精妙な光景をつくる。無数の穴のあいた紙は、今にも崩れそうだ。
しかし、その物質的な脆さとは対極的に、紙の上に現出したイメージは、フラッシュバック(閃光)のような鮮烈な強度を持っている。 本展に展示された作品群は、すべて木々をモチーフにしている。そこには物語性や象徴性を読み取ることは難しい。しかし、それだからこそ彼の作品は、フラッシュバックなのだ。時として意図なく湧きあがる記憶の一断片が、我々の心に、むかうところのないざわめきや郷愁を与えてくれるように。 市川氏は、今年のVOCA展(@上野の森美術館、2010年3月14日-30日)にも出品予定である。