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伊藤遠平 展
レビュー
執筆: 小金沢 智   
公開日: 2009年 10月 26日

fig. 2 ≪柔かい触角≫2009年|撮影:小金沢智|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

fig. 1 ≪蛙≫2009年|撮影:小金沢智|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

男女問わず極端にデフォルメされた細身の人物像の、体だけではなくその衣服にまで刻み込まれた夥しい数の皺。2007年、村松画廊で伊藤遠平の個展を見たときの衝撃が忘れられない。サラリーマンにとってのスーツ、軍人にとっての軍服など、ある種の衣服や制服が特定の人物や職業をアイデンティファイする記号として機能しているように、伊藤の描く人物はまるでそれゆえに衣服が体と同化してしまっているようだ。描かれる人物は中年風の男女が多いが中には背景までもが一体化しているかのごときものもあり、それらの質感は数十年、あるいは数百年の樹齢を重ねた樹木の木肌を想像させる。彼らは樹木がそうであるように黙して決して語らないが、確かにそこに存在している。私は非常な緊張感がギャラリーの空間に生まれていたことを今でも思い出す。

伊藤の、YUKARI ART CONTEMPORARYでの展示は今回で二回目である。ただし前回の「創発展 vol.1」(2008年6月4日〜6月28日)は大きく二つの空間で構成されている同ギャラリーのspace1だけを使用したものであり、space2 を高あみが使っていたから、全空間を使用しての個展は今回が初となる。村松画廊での個展はすべて油彩による絵画作品によって構成されていたが、「創発展 vo.1」と同様立体作品も同時に展示されていることも特徴だ。そう、伊藤は現在油彩だけではなく、まるで絵画からそのまま抜け出たような人物や生き物の立体作品も平行して制作している。

fig. 4 「伊藤遠平展」展示風景|撮影:小金沢智 Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

fig. 3 ≪無題≫2009年|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

今回で言えば≪蛙≫(石粉粘土・油絵具・発泡スチロール、H6.8×W10×D10.5cm、2009年)[fig. 1]と≪柔かい触角≫(石粉粘土・油絵具・発泡スチロール、H95×W31×D35cm、2009年)[fig. 2]の二点がそれにあたる。作品は発泡スチロールで大まかな原形を作り、その上に石粉粘土で肉付けし、乾く前にヘラなどを用いて表面を削るなどしてイメージを形成し、最後に油絵具で着彩するという手法によって制作されている。奥のspace2に展示されていた≪柔かい触角≫は絵画作品と同様の無数の皺が特徴であり、同じ空間に掛けられていた絵画作品の≪無題≫(油絵具・キャンバス、41×41cm、2009年)[fig. 3]はさも同一人物のようだが、作家によれば似ているだけでそうではないとのことだ。キャンバスを一つの仮想空間に見立てる絵画と、現実の空間こそが舞台でありそれ以外ではない立体では作家の意図するところがそもそも違うのだろう[fig.4]。したがって絵画と立体の間にヒエラルキーはない。伊藤の絵画における〈描く〉という行為が基本的に加算式である一方で、立体作品が制作される過程における〈削る〉という行為が減算式であり対照的であることが興味深いが、しかしどちらもその度合いが過剰であるという点で共通している。

fig. 5 ≪人物Ⅰ≫2008年|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

そしてその〈過剰〉さは次第に増大しているようだ。伊藤の≪人物Ⅰ≫(油絵具・キャンバス、 227.5×145.5cm、2008年)[fg. 5]を見ると、村松画廊での発表作品と比較して明らかに体躯のヴォリュームが増していることに気づく。対象の人物が中年から老人へと変化していることも示唆的である。2007年当時を思い出せば画中の皺は人物と衣服を同一化させるためのもの、すなわち制服という記号を可視化した社会的な意味性を強く帯びたものだったが、まるでその皺に導かれるがごとく作品の性質が変化している。

≪犬Ⅰ≫(油絵具・キャンバス、116.7×116.7cm、2009年)[fig. 6]、≪犬Ⅱ≫(油絵具・キャンバス、116.7×116.7cm)[fig. 7]の二点がその好例である。伊藤が実際に自宅で飼っている犬をモチーフにしたものであり、これらから上記のような社会的な意味性を見出すことはできない。デフォルメされた体躯は人体像と共通する要素であるが、過剰に描き込まれた体毛はそれらの生命力の強さを演出している。伊藤の近々の作品からは〈社会〉というよりはむしろ、〈生命〉ないし〈生命力〉という要素が認められる。犬が飼い犬であったように、≪ねずみと枯れ木≫(油絵具・キャンバス、33.4×24.3cm、2009年)、≪蛙≫(石粉粘土・油絵具・発泡スチロール、H6.8×W10×D10.5cm、2009年)で取り扱われているねずみと蛙というモチーフも、茨城県笠間市の作家のアトリエ周辺で見られる生き物にほかならない。つまり伊藤の眼差しが日常へと向けられていることを意味しているが、ではなぜ作り出される作品はその日常から明らかに乖離した姿形になってしまうのか?それこそ伊藤の作品について本質的に問われるべき問いであるものの、まだ私はその問いに答えることができず作品の前にただ立ち尽くすしかない。

fig. 7 ≪犬Ⅱ≫2009年|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

fig. 6 左:≪犬Ⅰ≫右:≪ねずみと枯れ木≫|撮影:小金沢智|Courtesy of YUKARI ART CONTEMPORARY

最終更新 2016年 5月 10日
 

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